原題は「エドワード・テュレインの奇跡の旅」。陶器でできたうさぎの人形の物語だ。
心を持たない、いや心は持っているが、自らへの思いしかなく、愛を持っていないうさぎが、愛をみつける旅の物語だ。
と、書いてしまうと当然、要約し過ぎだが、
物語はうさぎのエドワードに訪れる過酷な運命の中で、心が真に宿っていく過程を描き出していく。
エドワードは、背丈90センチ、耳としっぽはうさぎの毛で出来ていて、手足は自由に曲げられ、立派な服に金の懐中時計を持ち、自分自身を完璧だと思っている。矜持が強く、持ち主である10歳の少女アビリーンの愛情に包まれて暮らしていた。だが、この時は、彼はその愛を受けることを当然と考えながら、アビリーンに愛情を注ごうとしていなかった。そのうさぎが、出会いと別れの中で、愛するという思いを知り、それゆえに愛のもたらす別れの中で絶望し、むしろ心を閉ざし、それでもなお、愛をみいだしていくまでの心の旅。それが、痛く、切なく、そして、あたたかい。
常に、僕らに降り注ぐ暴力と災厄。それでも人が見いだしていく希望。それが、教条的にではなく、物語としてひだを持って伝わってくる。相手の声を聞くことの難しさ、心を開くとか簡単にいうが、そのことの困難がやさしく語られる。その一方で、心を開くことがどんなにフランクで簡単なことなのかも。
最近、ちょっと目にして惹かれた大森静佳という歌人の「夕空が鳥をしずかに吸うように君の言葉をいま聞いている」という歌のことを考えてしまった。
ジャンルでいうと童話なのだが、もちろん多くの童話がそうであるように、大人や子どもという読者の範囲を越えている。
ちなみに、この童話は、韓国のテレビドラマ『星から来たあなた』で使われていて、ドラマのモチーフとみごとに重なっている。読んだきっかけは、あのドラマで知ったからだ。