書名がいいな。
「終わらない音楽」。鳴り続けてきたし、鳴り続けているし、鳴り続けていく。そんな音楽の流れの中にいて、
音楽を奏で続けている指揮者の履歴書だ。
日経新聞朝刊に掲載した2014年の1月1日から31日までのエッセイをまとめた一冊だ。
新聞連載だけあって、1篇が4ページで読みやすい。
冒頭「指揮者について」は、全篇に向けてこう綴られる。
だいたい指揮者という商売は、自分一人ではどんな音だって出せない。演奏家や歌い手
がいて初めて音楽が生まれる。宿命的に人の力がいるのだ。
どんな人たちに支えられてきたか。その恩人たちを紹介するのが僕の「履歴書」なのか
もしれない。それには生まれた時のことから順を追っていくのが良さそうだ。
そして、満州に生まれたときの話から始まる。「征爾」の名前の由来。政治団体を作る父のすごさ。北京での
小林秀雄との関わり。この壺の偽物をめぐる挿話は面白い。小林の小林らしさがあるようで、それに対する小
澤父の態度もいいな。
ヨーロッパ時代の井上靖のひとこと。N響事件の時の浅利慶太、三島由紀夫、大江健三郎らの支援。山本直純と
の関わり。企業人、財界人の小澤と音楽文化への思いと援助などが記されていく。もちろん、バーンスタイン、
カラヤン、との師弟関係やロストロポーヴィチとの友情もあり、斎藤秀雄との深いつながりも書かれている。
小澤征爾を中心に考えたときの彼を取り巻く大きなオーケストラが現れているようだ。もちろん、それぞれ一人
一人の交流があって、成立していくのだ。そして、彼らには彼らを中心とした世界もあり、お互いがそれぞれを
リスペクトしあっているのだろう。
ボストン交響楽団との最後の定期演奏会に触れたエッセイのこんな一節がいい。
二〇〇二年四月、僕は音楽監督として最後の定期演奏会を指揮した。曲はマーラーの交
響曲第九番。一音一音に気迫がこもり、大きなうねりを作り出す。あんなにすごい演奏を
されたら指揮者は参るしかない。
音は出すのはオーケストラで、そこでは指揮者も圧倒されるという姿がいいな。指揮者が音楽を指揮していくの
だが、オーケストラが奏でていく。その音が指揮者に迫る。指揮者を包む。
音楽に惹かれ、音楽から魅入られた小澤征爾の終わらない音楽がここにある。
村上春樹と小澤征爾の対談『小澤征爾さんと、音楽について話をする』という本があったけれど、
こちらは音楽を聴きながら、その曲や音楽に関する話を展開していくもので、聴いた曲のCDまで出ていて、
これもこれで面白かった。