韓国の1980年代もっとも影響を与えた詩人といわれるイ・ソンボクの76篇の詩を収録した日本語翻訳詩集。
その詩集から表題詩「そしてまた霧がかかった」。
そしてまた霧がかかった ここで口に出来ないことがあった 人々は話す代わりに膝で這って 遠くまで
道をたどった そしてまた霧は人々の肌の色に輝き 腐った電柱に青い芽が生えた ここで口に出来ないこ
とがあった! 加担しなくても恥ずかしいことがあった! そのときから人が人に会って犬のように咆哮し
た
そしてまた霧は人々を奥の間に追い遣った こそこそと彼らは話しあった 口を開く度に白い泡が唇を濡
らし 再び咽喉を降りていった 向かい合うべきではなかった 互いの眼差しが互いを押して霧の中に沈め
た 時折汽笛が鳴って床が浮き上がった
ああ、ここに長い間口に出来ないことがあった・・・・・・
滲むような痛み、傷の記憶と傷つけ合ったお互いへの深い悔いのような情感。ボクらの過去は、時に現れては時に
霧がかかったように霞んでいく。
ただ、漂う霧への情感だけは、ボクらの心の奥深くに淀んでいる。そして、今にも、そしてこの先の明日にも霧は
かかっていく。口にできないひそやかな思い。それはかつてこうであり、この先もそうであるボクらを包む情感な
のかもしれない。ただ、その恥じらいを持ちつづけることが、その傷に対する真摯な思いを忘れずにいることが、
人の持つ人であるための倫理なのかもしれない。
10月末のイベントで接した韓国の詩。深まる秋の時期に、心に沁みた。