田島安江という詩人の詩にこんな一節が出てくる。
畑に雨が降ると
カタツムリがどこからか現れる
パトリシア・ハイスミスの短篇に
カタツムリに殺される男の話が出てくる
で、気になっていながら、いつか忘れていた作家の名前に出会った。
今回こそは彼女の小説一つぐらい読もう。何度読もうとしながら忘れてしまっていたか。
この本は11の物語からなる短編集。裏表紙の紹介文は「忘れることを許されぬ物語11篇を収録」とある。
主人公ノッパード氏は台所のボウルの中にいた2匹の食用かたつむりが行う優雅ななまめかしい振る舞いを
目撃する。そして、そのかたつむりの繁殖行動に彼は惹きつけられてしまう。産卵していくかたつむりを
書斎で飼う彼。かたつむりは増殖を重ね、書斎は怖ろしい状況になっていく。
むかし、「ウルトラQ」にナメゴンというナメクジの怪獣が現れたが、あの怪獣も粘液質の皮膚感覚を伴っ
た気持ち悪さがあったが、これはそれに、さらに、小さいものが無数にいるというざわつくような皮膚感覚
まで加わる。確かに「忘れることを許されぬ」小説だ。というより忘れないだろう、これは。かりに忘れて
しまうと、梅雨の時期などにふいに記憶が復活しそうだ。
かたつむりを観察し、惹かれたものが、逆にかたつむりの中に埋没してしまう恐怖。ただ、この小説はそん
な理屈はいらないのかもしれない。ただ、崩れている。その危険な快楽がある。
それにしても、かたつむりを熟視し続ける感性というものがあるのだということが、面白い。そう、ボクの
嗜好から気味悪いと思ったが、千差万別、嗜好には多様性があるのだ。とてつもなく愛らしさを感じる感性
だって、もちろん、あるのだ。
それから、かたつむりの求愛行為は、この小説に書かれているようなのだろうか。そうだとしたら、確かに
優雅で官能的だ。それを見つめる観察者は、超一級の観察者だと思う。
小説の原題は訳通り、そのものずばりで、「The Snail-Watcher」。