北村薫が膨大な父の日記を資料として描きだした若き日の父。
雑誌『童話』に出会い、童話にあこがれ、戯曲や他ジャンルの小説へと広がり、進んでいく父の青春の日々が綴られる。
加賀山直三との出会いが父宮本演彦(のぶひこ)を歌舞伎へと連れだし、
通い続けるうちに父自体も歌舞伎と歌舞伎役者に対して一家言もつようになっていく姿など、とてもとても共感できてしまう。
おずおずと何もしらずに興味で読みはじめた小説から、いつのまにか考えの言い方や人の作品への批判の仕方を覚えていき、
自身への矜恃と他者への無力感を感じながらも、
こんなものじゃない、こんなはずじゃないと思って先へ進もうとする。
そんな姿が、作者北村薫のコメントを差し挟みながらも書かれていく。
日記と対話するような絶妙の距離感がさすが。
この距離感が評伝風の味わいと小説的な空気感を醸しだしているのかも。
歌舞伎、落語、文学様々、多様多彩な蘊蓄を持つ作者北村薫のルーツを探っていくようだ。
旧制神奈川中学(現希望ヶ丘高校)から慶応予科へ、単位を気にしながらも、学校へは行かず、電車に乗っては歌舞伎座へ行くというそんな青春。
小説、戯曲を練り、仲間の作品への感想を持ち、日記に記していく日々。かかわりあう人びととの交流が群像劇のように記されていく。
金子みすゞ、北村寿夫、奥野信太郎とかも現れて、横光利一や芥川龍之介などへの言動も入ってくる。そして、次作へと続くようによぎる折口信夫。
天皇崩御と即位の式典の描写も含めて大正から昭和へ移る時代の様相が浮かびあがる。
うん、時代の中の青春が書かれている小説なのだ。
北村薫は『太宰治の辞書』も面白かったな。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます