ここは神社の敷地内。決してお寺ではないのに、何故か鐘楼が…。その名も『宮鐘』といいます。
明治時代に神仏分離令が発布されるまで、各神社にはそれぞれに神宮寺というお寺がセットで建っていました。この鐘も、そういう神宮寺にあったものなのか…と思って、たまたま通り掛かった社務所の職員の方に聞いてみたら
「いや、最初からあそこにあったものと聞いていますが…」
ますます分からなくなりました…( ̄_ ̄|||)。
因みにこの鐘は二代目なのだそうです。初代の鐘は太平洋戦争の資源回収のために供出してしまい、戦後、昭和25年(1950年)に再鋳造されたものだそうです。
明治時代に神仏分離令が発布されるまで、各神社にはそれぞれに神宮寺というお寺がセットで建っていました。この鐘も、そういう神宮寺にあったものなのか…と思って、たまたま通り掛かった社務所の職員の方に聞いてみたら
「いや、最初からあそこにあったものと聞いていますが…」
ますます分からなくなりました…( ̄_ ̄|||)。
因みにこの鐘は二代目なのだそうです。初代の鐘は太平洋戦争の資源回収のために供出してしまい、戦後、昭和25年(1950年)に再鋳造されたものだそうです。