共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

今日はショスタコーヴィチ《交響曲第14番》初演の日〜祟りと恐れられた?名曲

2024年09月29日 18時55分18秒 | 音楽
今日は一日涼しい日となりました。最高気温も24℃どまりでしたから、これで午後から雨さえ降らなければ相当快適な一日でした。

ところで、今日9月28日はショスタコーヴィチの《交響曲第14番》が初演された日です。《交響曲第14番 ト短調 作品135》は、



ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ(1906〜1975)が1969年に作曲した交響曲です。

この交響曲は11の楽章から構成されていて、ソプラノとバスの独唱がついていることから、マーラーの交響曲《大地の歌》との類似性が指摘されてます。歌詞は、ガルシア・ロルカ(スペイン)、ギヨーム・アポリネール (フランス)、ヴィリゲリム・キュヘルベケル(ロシア)、ライナー・マリア・リルケ(ドイツ)の詩によるもので、いずれも死をテーマとしています。

初版ではキュヘルベケルによるロシア語の第9楽章以外も全てロシア語訳の歌詞でしたが、その後2回改訂した際にオリジナルの詩の言語に再翻訳されて、オリジナルの詩とは細部が異なるものとなっています。ただ、CDなどではオリジナルのロシア語訳詩が取り上げられることが多く、楽譜とは異なっている場合も多いようです。

この曲では◯長調とか◯短調といった具体的な調性はあまり機能していませんが、前半ではト短調の性質が認められます。無調・十二音技法・トーンクラスターなどといった当時のソヴィエトでは敬遠されていた前衛技法がショスタコーヴィチなりに消化した手法で用いられていることが特筆され、マーラーやムソルグスキー、ブリテンなどショスタコーヴィチ自身が好んだ作曲家の影響が見られるものとなっています。

因みにトーン・クラスターとは、ある音名から別の音名までの全ての音を同時に発する房状和音のことを指します。これは「密集音塊」とも言われ、楽譜にすると



こんな感じです(最近流行りの《ナイト・オブ・ナイツ》の終結部といったら分かりやすいでしょうか)。

《交響曲第14番》の楽器編成は

独唱
ソプラノ、バス

打楽器
カスタネット、ウッド・ブロック、トムトム、鞭、ベル、ヴィブラフォン、シロフォン、チェレスタ

弦楽器
ヴァイオリン10、ヴィオラ3、チェロ3、コントラバス2

という独唱と弦楽合奏と打楽器 (ただし打楽器は各楽章によって分けられている) のみという特殊なものとなっています。

初演は1969年9月29日、ルドルフ・バルシャイ指揮、モスクワ室内管弦楽団によって行われました。後にこの曲はベンジャミン・ブリテンに献呈され、ブリテン本人によって1970年のオールドバラ音楽祭にて英国での初演がなされています。

この曲の作曲のきっかけは、ショスタコーヴィチが1962年に『死の歌と踊り』の管弦楽向けの編曲を行ったことに由来しています。この頃ショスタコーヴィチは体調の悪化から死を意識するようになっていたことからこの作品を一つの集大成とみなし、入院加療中にもかかわらず4週間でスケッチを完成させたといいます。

ショスタコーヴィチは

「この作品は画期的なもので、数年間にわたって書きためていた作品はこのための下準備です。」

と知人への手紙に書いていて、初演前の1969年6月21日には、作曲家自身の強い希望により、モスクワ音楽院小ホールでリハーサルが行われました。ショスタコーヴィチは、このときのスピーチで

「人生は一度しかない。だから私たちは、人生において誠実に、胸を張り恥じることなく生きるべきなのです。」

と述べています。

この曲のリハーサル中、同席していた共産党幹部で、共産党政権下での芸術統制であるジダーノフ批判の急先鋒だったパーヴェル・アポストロフが心臓発作で倒れ病院に担ぎ込まれました。結局1ヵ月後に死亡したのですが、アポストロフが常日頃ジダーノフ批判でショスタコーヴィチを批判して窮地に追い込んでいた事実を知る人々は、

『ショスタコーヴィチの作品の祟りではないか…』

と噂したといいます。

当時の共産党幹部ですから恐らく本人の不摂生が原因なのでしょうが、それでもそんな噂を立てられるほど普段からショスタコーヴィチを攻撃していたのは確かです。作品全体が死を意識して作られていることもあって、当時のソヴィエトではそんな噂がまことしやかに囁かれたのでしょう。

与太話はこのくらいにして、内容的なことを。

第1楽章
「深いところから」 Adagio

バス独唱と弦楽合奏。歌詞はロルカによるものです。主題の冒頭はレクイエムの『ディエス・イレ』を模したものとされ、更にこの主題は第10楽章で回想されます。

第2楽章
「マラゲーニャ」 Allegretto

ソプラノ独唱とヴァイオリン独奏、カスタネット、弦楽合奏。歌詞はロルカによるものです。

第3楽章
「ローレライ」 Allegro molto - Adagio

二重唱と鞭、ベル、ヴィブラフォン、シロフォン、チェレスタ、弦楽合奏。歌詞はアポリネールによるものです。

第4楽章
「自殺者」 Adagio

ソプラノ独唱とチェロ独奏と弦楽合奏。歌詞はアポリネールによるものです。

第5楽章
「心して」 Allegretto

ソプラノ独唱とトムトム、鞭、シロフォン、弦楽合奏。歌詞はアポリネールによるもので、兵士とその姉妹の近親相姦をテーマとした生々しいものです。

冒頭のシロフォンは12音からなる音列を奏でるもので、晩年のショスタコーヴィチが時折用いた十二音技法のショスタコーヴィチ流解釈です。古今東西の12音音列の中でもメロディに富んだ音列のひとつと言える楽章です。

第6楽章
「マダム、御覧なさい」 Adagio

二重唱とシロフォン、弦楽合奏。歌詞はアポリネールによるものです。

第7楽章
「ラ・サンテ監獄にて」 Adagio

バス独唱と弦楽合奏。歌詞はアポリネールによるものです。

第8楽章
「コンスタンチノープルのサルタンへのザポロージェ・コサックの返事」 Allegro

バス独唱と弦楽合奏。歌詞はアポリネールによるもので、イリヤ・レーピンの絵画『トルコのスルタンへの手紙を書くザポロージャ・コサック』に取材して書かれた詩からの引用です

第9楽章
「おお、デルウィーク、デルウィーク」 Andante

バス独唱と弦楽合奏。歌詞はキュッヘルベケルによるものです。

第10楽章
「詩人の死」 Largo

ソプラノ独唱とヴィブラフォン、弦楽合奏。歌詞はリルケによるものです。

第11楽章
「結び」 Moderato

二重唱とカスタネット、トムトム、弦楽合奏。歌詞はリルケによるもので、人生の結びである死の賛美をテーマとしています。曲の最後ではヴァイオリンが10パートに分かれて激しい不協和音を奏でますが、これはリゲティやペンデレツキ等が用いたトーン・クラスターを模したものとされています。

そんなわけで、今日はショスタコーヴィチの《交響曲第14番》をお聴きいただきたいと思います。フランクフルト放送交響楽団の演奏で、ソヴィエト共産党員をも震え上がらせた(?)ショスタコーヴィチの名曲をお楽しみください。



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