今日は冷たい雨の降る一日となりました。千葉の辺りではかなり荒れたようですが、神奈川県ではそんな大したことにはならなかったようでホッとしています。
自宅に引き篭もって初の週明け月曜日、とは言え特に何をするでもなく我が家で緩やかな時間を過ごしておりました。相変わらずやることと言えば、練習か、読書か、ボ〜ッとするか、CDを爆音で聴くかしか無い状況です。
折角時間があるので、暫く放ったらかしになっていたCDを引っ張り出して聴いているのですが、今日はその中からグスタフ・マーラー(1860〜1911)の晩年の傑作交響曲《大地の歌》を鑑賞することにしました。
交響曲《大地の歌》は1908年に作曲された作品です。前年に愛娘を五歳という幼さで亡くしたり、ライバルの陰謀によってウィーン国立歌劇場の音楽監督から引退させられたりと散々な目に遭った傷心のマーラーが南チロルの別荘に滞在していた時に、ハンス・ベートゲという詩人が李太白や王維、孟浩然といった中国・唐時代の詩人の詩を集めてドイツ語訳した『中国の笛』という漢詩集に出遭い、それに深くインスピレーションを受けて書いた作品です。
この作品の前に《千人の交響曲》として有名な交響曲第8番を書き上げているので、順番からいくとこの曲は交響曲第9番ということになります。しかし、自らの死期が近づいていることを予期していたマーラーは、過去の巨匠たちが残した『第9交響曲のジンクス』…ベートーヴェンも、(後に一つ減ってしまいましたが)シューベルトも、ドヴォルザークも、ブルックナーも9曲目の交響曲を発表して亡くなっていることを恐れてこの曲を第9番という番号を与えずに交響曲《大地の歌》として、マーラー自身は『歌による交響曲』と呼んでいました。
しかし、実際にはマーラーは作曲した後も亡くならず、その後この曲とは別に正式に交響曲第9番を書き上げます。ところが、続く第10番の第1楽章を完成させたところでマーラーは亡くなってしまい、皮肉にも先人達のジンクスを引き継いでしまったのです…。
編成はテノールとメゾソプラノ(又はバリトン)二名の独唱と大オーケストラで演奏されます。しかし、今日私が鑑賞したのは、マーラーへの崇敬の念を抱いていた同郷の作曲家アーノルド・シェーンベルク(1874〜1951)によって室内楽編成に編曲されたものです。
シェーンベルクは作曲活動の傍ら『私的演奏協会』という小規模な連続演奏会シリーズを立ち上げ、マーラーやラヴェル、リヒャルト・シュトラウスといった同時代の新しい音楽を小編成に編曲して演奏していました。シェーンベルクがこの《大地の歌》の室内楽版編曲に取りかかったのは1921年のことでしたが、何らかの要因で冒頭21ページまでしか進められないままになってしまいました。このCDに収められた録音は後に作曲家で音楽学者でもあるライナー・リーンが補筆して、1983年に完成させたものです。
大編成オーケストラをピアノ・ハルモニウム(リードオルガン)・ヴァイオリン✕2・ヴィオラ・チェロ・コントラバス・フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴット・ホルン・パーカッション✕2の14名だけで演奏するようにした室内楽版は、大オーケストラでありながら所々に室内楽的な要素が垣間見える《大地の歌》本曲の本質的な部分を巧みに浮かび上がらせるようにも聴こえて、実に興味深いものです。木管楽器は、オーケストラではそれぞれ分業するところを、フルートはピッコロと、オーボエはコールアングレ(イングリッシュホルン)と、クラリネットはバスクラリネットと一人で持ち替えになるので、実際にはその作業にもかなり忙しくなります。伴奏が巨大でない分独唱も力一杯歌わなくてもいいので歌手が頑張らなくても済み、特にメゾソプラノの楽章は実に柔らかく聞こえるというメリットがあります。
よく、こうした編曲ものを「邪道だ」と嫌がる向きもありますが、これはこれで一つのマーラー作品のかたちとして有りだと私は思っています。個人的にお薦めなのは上に写真を載せたハンス・ペーター・ブロホヴィッツのテノール、ブリギット・レンメルトのアルト、フィリップ・ヘレヴェッへ指揮、アンサンブル・ミュジック・オブリクによる演奏のものです。
《大地の歌》は全体を通すと60分強の大作ですが、興味を持たれた方は是非マーラーの歌を聴いてみて頂きたいと思います。