はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

その人の後ろ姿

2019-09-16 09:55:20 | はがき随筆

 その人は、毎朝庭先に立っていらっしゃいます。黙ったまま、車が見えなくなるまで見送られているのです。

 我が子の後ろ姿を。

 私がそれに気付いたのはある朝、新聞を取りにポストへ行った時でした。気付ば雨の日も早朝から毎朝、仕事に行く我が子を見送られているのです。その後ろ姿は凛として美しく優しさと慈愛に満ちているのです。 

 親の後ろ姿を見て子は育つといいます。自分と照らし合わすと恥ずかしい限りです。言葉を超えた大きさと深さをこんな近くで教えられている。その在り難さに感謝するばかりです。

 熊本県宇城市 野沢美和(54) 2019/9/3 毎日新聞鹿児島版掲載


霧島山のお坊さん

2019-09-16 09:45:18 | はがき随筆

 30年ほど前、霧島山で一人のお坊さんと出会いました。霧島山を歩くたびに、中岳から新燃岳付近で行き違うのです。高千穂峰山頂近くの洞で生活しながら、韓国岳へ往復の千日修行をしていらっしゃるとのこと。「今日で五百九十二日です」。会うたびに日数は増えていきましたが、その数字と決まった場所で礼拝されるお姿だけは不思議と心に残っています。

 難病の子のことを打ち明けたところ、韓国岳で毎日お祈りをしていだだいたようなのです。新聞で、千日修行を達成を知りました。若い頃の思い出です。

 露の世や霧島山の修行僧

 鹿児島県霧島市 白坂昭典(63) 2019/9/2 毎日新聞鹿児島版掲載


伏しイダ

2019-09-16 09:24:41 | はがき随筆

 ふと川を見ると畳2枚くらいの薄黒い塊が右に左に揺れ動く。銀鱗がはねた。「伏しイダ」だ。自然にできた浅瀬の小砂利にイダが群れ卵を産む。それをウが追っている。

 昔、春は「桜イダ」、初夏は「藤イダ」と言い元気なおじさんが川に入り、伏し場を作るのをよく見た。ウがそのイダを追うのを見るのは初めてだ。

 イダはおいしくはないが昔はこれも蛋白源として投網で取った。食うか食われるかの生き物の世界である。

 今、私はイダに手を上げたい。ウよ、もういいだろう。しかしイダはいなくなった。

 延岡市 逢坂鶴子(92) 2019/9/1 毎日新聞鹿児島版掲載