はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

登る

2020-09-25 20:05:19 | はがき随筆
 発火しそうな8月の日差しの中を聖堂へ。見取坂を登る。
 息苦しい。ぶっ倒れそうだ。
 なんのこれしき。十字架を背にゴルゴダへ向かうイエズスを思えば。原子雲の下の広島の、長崎の人々を思えば。戦争で塗炭の苦しみをなめた沖縄、老若男女市井の人々、兵士たちを思えば心がぐちゃぐちゃになる。
 世界はこのままでいいの?
 私に何ができる?
 空を仰ぐ。
 いまはただ祈ることしかできない。「主の祈り」をとなえて登る。見取坂を登る。右に鋭角に折れて更に急な聖堂への坂を登る。
 鹿児島県鹿屋市 伊地知咲子(83) 2020/9/25 毎日新聞鹿児島版掲載

2020-09-25 19:50:04 | はがき随筆
 葦の茂る小川のそばで夫の迎えを待っていた。水面には葦の影が映り、時折ミズスマシが輪を描いた。水中に目をやって驚いた。30㌢くらいの鮒がいた。
 茨城にいた頃、「霞ヶ浦で捕ったの。食べて」と、生きた鮒を頂いた。調理法は知っていたが、とても包丁は入れられず、翌早朝、近くの池に放しに行った。弱々しい泳ぎで水中に消えた。その姿を思い出した。
 それにしても、世間が災禍に振り回される中、眼下の鮒は堂々としている。川の主のようだ。突然雨が降ってきて、葦の影は崩れ、水面が乱れたが、鮒は動じず悠然と泳いでいた。
 宮崎市 堀柾子(75) 2020/9/24 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆8月度

2020-09-25 19:22:32 | はがき随筆
 はがき随筆の8月度受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)
 
月間賞に柏木さん(宮崎)
 佳作は杉田さん(宮崎)、清水さん(鹿児島)、上田さん(熊本)
 
【月間賞】 15日「きょうだい」柏木正樹=宮崎市
 【佳作】 8日「笑いのツボ」杉田茂延=宮崎市
  ▽ 1日「コロナの時代に」清水昌子=鹿児島県出水市
  ▽ 8日「100歳の手」上田綾香=熊本市中央区

 「きょうだい」は、戦争が一つの家族を不幸にした歴史を、少ない字数で的確に描き出した文章です。筆者の父は20歳で徴兵され陸軍二等兵に、その弟は当時のエリートコースであった陸軍士官学校へ。一家は働き手を失った。父は復員して帰ったが、弟は帰らなかった。生きて帰った父は弟のことを問うのが怖かったのか、問わず、酒を飲むと「戦争だけは絶対あかん」と繰り返した。一家族の不幸が国民の不幸を象徴しています。
 「笑いのツボ」は、40年間の夫婦生活の中で気づいたことは、会話に笑いのツボを用意することだという内容です。わざとらしさはいけないが、妻の笑いを誘うのは、夫にとって日々の重要課題だ。以前に触れたことがありますが、ドイツの小説家に「愛は意思だ」という言葉があります。その機微がよく表れた心和む文章です。
 「コロナの時代に」は、施設に入所している母親に、予約し、順番を待って、5分だけ面会できたという、コロナ禍の現状でも哀切な内容です。孫たちの写真に記憶の糸を手繰り寄せながら、娘の存在に気づいてくれた母の言葉は、5分後の「もう帰るの」だった。何とも悲しい状況です。
 「100歳の手」は、高齢の身動きできない方を介護している若い女性の、感想というより決意がよく表れている文章です。会話も一方通行だと思っていたら、手足をマッサージしているときに、両手で頬を包み込んでくれた。100年生きた手の感触が、活力源となり、自分の介護の態度を高めてくれたという、人と人との気持ちの触れ合いが不思議さを伴ってよく表れている文章です。日本画家の東山魁夷は、私たちは、自分で生きているのではなく、生かされているのだと言っていますが、確かに私たちは誰かや何かに生かされていると感じるべきです。
 この他に谷口二郎さんの「新人採用」、種子田真理さんの「コロナ給付金」、鍬本恵子さんの「夏休み」が記憶に残る文章でした。
 鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

あの夏の記憶

2020-09-25 19:15:53 | はがき随筆
 ぼくは8月生まれで満6歳を迎えようとしていた。
 最も古い記憶の一つに敗戦の日がある。東京は青空。武蔵野の木立の中で暮らしていて、アカマツに来て鳴くセミの声だけが辺りを圧してした。
 B29の編隊も来ないし、警報のサイレンも鳴らない。縁側に腰かけて、母と妹と雑音だらけの放送を聞いた。ぼくには全くわからない。母は理解したのだろうか。理解したとすれば父の帰還がどうなるかで混乱したと今なら思う。ぼくにとってはB29の恐怖から解放された日であり、子供心に初めての平和を感じた日だったのかもしれない。
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(80) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

かかってこいやー

2020-09-25 19:08:37 | はがき随筆
 夫は市民農園を借りている。8坪ほどの小さな畑で定年後からもう5年になる。農家の次男坊だが野菜作りは全く素人からのスタートだった。パソコンを駆使して情報集めや作付け管理など楽しそうだ。
 旬には次々に採れて冷蔵庫はいっぱいになる。キュウリ、ゴーヤなど10種類ほどあるかしら。私は追いつかれないようあの手この手で料理する。ネットの料理検索で「○○大量消費」は力強い相棒だ。
 だいぶ冷蔵庫が空いてきた。どうだ、かかってこいやーと親指を立てたら、レジ袋満杯の野菜がまた玄関に置いてある。
 宮崎県延岡市 楠田美穂子(63) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

台風10号

2020-09-25 19:00:16 | はがき随筆
 台風10号到来の予報、娘から非難を促されお世話になることとした。コロナウイルス感染症予防のため一部屋で用が済むように用意してくれた。窓ガラス飛散防止の養生テープには孫娘2人が描いたハートや星の下に歓迎の言葉がいっぱい。娘婿も孫息子も穏やかに迎えてくれた。
 思えばコロナ感染予防のため2月からドライブスルーで娘以外会っていなかった。皆には8カ月ぶりに会った。予防のためドア越しにマスクの向こうから短い会話。それでもうれしい。
 東京にいる息子夫婦も逐一情報をくれる。有難い。台風も大事に至らず安堵す。皆に感謝!
 熊本市東区 川嶋孝子(81) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

兄弟姉妹共に高齢

2020-09-25 18:51:47 | はがき随筆
 青色のハエたたきを実家から持ち帰った。平成12年8月購入と母の字。こんな小さなものまでなんと気配りの几帳面さ。和服、洋服には虫干しの日まで。私はおさがりと思わず愛用、94歳まで生きた母のようにと願っている。両親存命のころは、死はまだ先とばかり感謝の心を深く伝えたことはない。「肩こり」と私が言えば即母の強い指先でもんでくれた。父に「仕事が多忙」とこぼすと「仕事がないとどうする」か。今年の盆も仏壇で私たちを眺め、16日朝の旅立ち。夫の兄弟姉妹と私の方で10名共に70代、80代で元気に暮らせる日々を大変感謝する。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(80) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

人生の一大事

2020-09-25 18:44:29 | はがき随筆
 ふと父の言葉を思い出した。「人生には、どうしたらいいのかと悩むことが多いぞ」と、再三警告していた。まさかコロナ禍が、こんな大騒ぎになろうとは想定外。外出自粛で、自宅生活が長引くと神経も休まらない。気晴らしに、近くの公園を歩いた。帰宅すると、いつもの飲み会の友から「もうそろそろどうだろう」と例会の相談。「まだ危ないよ」と返事すると「じゃ無期延期に」と4人の意見を集約してくれた。外出解除には向かっているが、まだ勇気がない。忌憚のない八十路の仲間だから、積もる話も多い。どうしようか悩むんだよなあ。
 宮崎市 原田靖(80) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

台風一過

2020-09-25 18:35:43 | はがき随筆
 猛暑に負けてやめた自転車通勤。風に誘われ久しぶりに乗った。驚いた。稲穂は実り、気配は秋。空に鷹の案山子が高々と本物のように舞う。
 災害で堆積した河川の土砂は除かれ道路に積もった砂もなく、車輪は走りやすい。素晴らしい時節よ。勢力を増す台風は怖いが、水を回し風を巻き、地球の体温調整をして、人の荒らした自然のありようを、全体が調和し整うように後始末をしているように思える。我が家の栗の木、河川敷の合歓木など、枯れ枝を梳かれ、小枝の始末は大変だが人間の手の届かない痒い所を掻いてくれるようでもある。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(65) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

健康の森

2020-09-25 18:30:13 | はがき随筆
 妻はアルツハイマー症の実兄を7年余り介護して、天寿を全うさせて今はようやく自由の身になり、気軽にどこでも行ける身になった。そこで2人とも15年余り行っていない「健康の森」に出かけた。憩いの森などを散策してデート気分をも満喫した。やはり野外の空気は格別であることを妻も知ったようだ。
 小生の山登り歴約40年を生かして、これからは近郊の山々にも一緒に登って、妻へのご苦労さん、感謝の意を味わわせてやりたくお誘いの言葉をかけたいと思う。
 鹿児島市 下内幸一(71) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

手紙

2020-09-25 18:21:24 | はがき随筆
 福岡のNさんから手紙をいただいた。掲載されたご自身のはがき随筆が同封されていた。返事は手紙で書くことにした。
 便箋、万年筆、辞書など用意。正座をしてNさんの顔を思い浮かべながら筆をすすめる。時候の挨拶から本題へ。Nさんのはがき随筆「一つの命」の感想。弱ったセミに出会ったNさんが、指をさし出したら、そのセミが指に乗り、最後に飛び立った話だった。情景が目に浮かぶ。読む人の心をやさしくしてくれる文章だった。最後に私の近況も添えた。
 暮らしの中で立ち止まり手紙を書く。ゆっくり時が流れる。
 熊本県玉名市 立石史子(67) 2020/9/23 毎日新聞鹿児島版掲載

千年菓子

2020-09-25 17:01:05 | はがき随筆
 東京で働いている孫娘に、珍しいお菓子をもらった。小さな巾着状、揚げ菓子だという。固い。彼女からのメールによると、遣唐使によって伝えられた「からくだもの」で、7種の香が練り込まれた米粉に、木の実、あまずら、カンゾウを加え、ごま油で揚げたもの。今でも比叡山に納入されたり、大河ドラマ「真田丸」では茶々さまが召し上がるシーンがあったというが、全く知らなかった。形が可愛いと、食卓に置いて眺めていたが、賞味期限20日とある。砕いて食べてみた。千年の味は、ほのかに溶けて甘かった。
 またひとつ、未知との遭遇。
 鹿児島県日置市 堀苑美代子(76) 2020/9/22 毎日新聞鹿児島版掲載

彗星の軌道

2020-09-25 16:53:29 | はがき随筆
 ネオワイズ彗星。最近発見されたばかりなのに、8月には見えなくなった。次に見られるのは5000年後だという。
 ふと、教室での出会いを振り返り、何だか目頭が熱くなる。みんなそれぞれの光を放ち、きっと今日も輝いている。
 だけど、あの時一番接近していたんだなあと思うと、記憶の濃淡が突き付けられ、寂しくもなる。ただ、彗星の軌道に思い起こすこの感情は、自分中心の思考だからなのだと戒める。
 今日も、それぞれの人生の軌道が近づき出会えている。朝一番の「おはようございます」は感謝を込めて大切に伝えたい。
 宮崎県都城市 平田智希(44) 2020/9/21 毎日新聞鹿児島版掲載

手を握る

2020-09-25 16:46:12 | はがき随筆
 「私はいつ死ねますか」。毎朝、耳が遠く声がでない患者さんが筆談で訴えてくる。細く震えた文字の横に大きく力強い字で「そんな事言わないで下さい。大丈夫です」と書くと不満げな顔で目を閉じる。切なく苦しい気持ちでいっぱいになる。
 ある朝、いつものように差し出された紙に小さく「死なせて」と書いてあった。患者さんの細く震える手を力強く握った。ただただ手を握っていると初めて患者さんが私の目をじっと見つめ満足そうに眼を閉じた。聞こえなくても私の声は心に届いたんだと今、患者さんの細く冷たい手を握りながら思う。
 熊本市東区 野見山沙那(19) 2020/9/20 毎日新聞鹿児島版掲載