はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ミステリー

2021-10-23 22:05:27 | はがき随筆
 妻から「眼鏡はない?」のLINE。即、妻の行動線を追うも影も形もない。妻は戻るや否や昼食抜きの必死の捜索開始。台所、洗面所、風呂場。ベッド、電話や居間のテーブル周り。車の中、眼鏡が入り込みそうなありとあらゆる隙間。ゴミ箱、バッグまでひっくり返すも所在不明。挙句に台所の棚、引き出し、洗濯機の中まで血眼の大捜索を尻目に眼鏡は冷笑するや。ベルサイユ宮殿ならいざ知らず、ウサギ小屋のいずこに隠るるや、謎は深まるばかり。ミステリー好きの妻にもこの「眼鏡失踪事件」は難事件と見えて迷宮入りと相成った。
 鹿児島県肝付町 吉井三男(79) 2021.10.16 毎日新聞鹿児島版掲載

見習わなくちゃ

2021-10-23 21:58:26 | はがき随筆
 夜、部屋でゆっくりテレビを見始めると、きまって5歳の孫がじゃれてくる。
 先日、部屋に置いてある私のフィットネスバイクに孫が乗ってこぎだした。座ってすると足が届かず、立ってからこぎ始めてびっくり。そのエネルギーについていけない。時計を見ながら長い針が10になるまですると言い、汗びっしょりかいて約40分やり遂げた。何度も「もういいが」と促すがやめなかった。
 最後までする姿に感動すら覚えた。「頑張ったね」と褒めていると「バアバも筋トレしなさい」とお叱りをうけた。私も見習わなくちゃ。
 宮崎県串間市 林和江(65) 2021.10.16 毎日新聞鹿児島版掲載

曾孫からの贈り物

2021-10-23 21:52:03 | はがき随筆
 10月に入り、早朝は随分過ごしやすくなった。コロナもどうやら収まりかけ、近くでもなかなか遊びに来られずにいた孫たちが来訪。曾孫で小2になった姉の方が私の横に立ち、ニコッと見上げる。この前、肩までだったのにもう目の下まで。「ア、もうすぐ越される」と言えば、みんなして「来年にはもしかして」と。このままコロナが収まり、いつでも遊びに来られますようにと祈るのみ。夕方、のぞくと居なくて、私へと渡された紙切れ5枚。「あっちのばあちゃんへ。かたたたきけん」。あっちと、こっちで区別されたばあちゃんに長女と大笑い。
 熊本市中央区 原田初枝(91) 2021.10.16 毎日新聞鹿児島版掲載

夜空

2021-10-23 21:45:21 | はがき随筆
 残業が終わって真っ暗な駐車場へ行くと、寄り添う2人がいた。お邪魔かなと思いつつ近づいていくと、母親と幼い娘が仲良く夜空を見上げている。「夏の大三角形はあれかな?」と可愛らしい声。「あれがベガじゃないですかね?」とちょっとだけと飛び入り参加。遮る建物もなく余計な電灯もなく、たくさんの星々が見えるからこの広い駐車場に来たのだという。丸い星座盤と見比べながらしばらく3人で天体観測。おなかもすいてきたので親子に別れを告げ車に乗り込んだ。帰路の運転中、私は星空よりも美しいものを見たような気分になった。
 鹿児島県出水市 山下秀雄(52) 2021.10.16 毎日新聞鹿児島版掲載

娘の異論

2021-10-23 21:39:01 | はがき随筆
 「お父さんとお母さんはすごく気が合っていたんだよ」と少し得意げに話す。12年前に病死した妻だが、子供との間では昨日のように生きている、心の妻で母だ。
 娘から即座に返答を浴びた。「そうは思わないわ」とね。自分には意外な言葉だった。妻も歴史が好き、私も好きで特に城を見て昔をしのび、全国31城を見て回った。神社仏閣も見て昔をしのんだ。どこに行くにも気が合った記憶しかないのだが……。
 娘の異論「お母さんの買い物の節約、どれだけ知ってたの」がチクリと痛い。
 宮崎県延岡市 前田隆男(83) 2021.10.16 毎日新聞鹿児島版掲載

秋を生ける

2021-10-23 21:32:15 | はがき随筆
 玄関の花を活け替えることにした。10月に入ったので少し秋らしさを出したい。それで庭に程よいものがないか見て回った。玄関横の南天。実は青いが、葉は一部朱に染まっている。秋らしく素敵なので実と葉の一部を切り取った。次はホトトギス。今、つぼみがたくさんついていてもこれもいい。そしてツワブキ。花はまだ先だけれど、葉が大きいのでアクセントによさそうだ。竹籠に水の入ったコップをセット。スーパーで買ったリンドウと庭の花を挿してみた。生け花の出来はいまいち。でも、その一角だけは秋の風が吹いているよう。
 熊本県玉名市 立石史子(68) 2021.10.16 毎日新聞鹿児島版掲載

理想郷

2021-10-23 21:25:49 | はがき随筆
 他県から転居してきて4カ月あまり。潮騒と鳥のさえずりで目を覚ます日々が日常になった。都会の喧騒とは別世界の居心地の良さにどっぷりと浸かっている。ここは空気が澄んで星々の輝きが素晴らしい。時々望遠鏡で天体観測のまねごとをする私にとっては理想郷と言える。
 しかし、困ったこともある。それは方言である。鹿児島弁がよく分からず頭を悩ますことが多い。だが、これはネイティブスピーカーである妻が完璧に「翻訳」してくれるので大いに助かっている。妻は当地の出身なのだ。この境遇に感謝しつつこれからを生きていこうと思う。
 鹿児島県志布志市 藤森利一(72) 2021.10.18 毎日新聞鹿児島版掲載

触れ合い

2021-10-23 21:20:02 | はがき随筆
 日置市の実家にブルーベリーの木が一本あり、背の高さ以上になった。今年は豊作で1000個ほどがたわわに実った。妻と競い合うように収穫した。夫婦2人で食べるだけでなく、近所の方や知人にもお分けした。妻は店で買ったお土産より「田舎で採れたブルーベリーです」の一言を添えてあげることが喜ばれる秘訣だと教えてくれた。考えてみると、触れ合いはおもてなしに通じる日本人の気持ちの骨格でいると思う。これからも心と心の触れ合いを大事に生きていきたい。ブルーベリーから思いをはせた秋の日であった。
 鹿児島市 下内幸一(72) 2021.10.15 毎日新聞鹿児島版掲載

上には上

2021-10-23 21:11:51 | はがき随筆
 朝の通勤時、横断歩道で信号待ちをしていた時のこと。その日は未明から本降りで道路には水がたまっていた。信号の待ち時間は90秒。傘をさした人々の視線は信号に集中している。
 歩道の渡り口の少し後ろにベンチがあり、そのベンチの下に映えている草を抜く年配の女性を見つけた。通勤カバンからビニール袋を持ち出して草を入れる。慣れた素早い行動は、全く人目など気に掛けない。わずかの時間も大切に尽くすという生活信条のほんの一部なのだろう。
 信号が変わり、背筋のピンと伸びた女性は確かな足どりで去っていった。上には上がいる。
 宮崎市 杉田茂延(70) 2021.10.14 毎日新聞鹿児島版掲載