父の四十九日を終え、妻と師走の温泉に来た。時雨にかすむ山々を眺めながら露天風呂に一人。小雨の音、湯水が流れ落ちる音が心地よく、目を閉じる。あれこれ思いがよみがえる。
我が子の名前すら忘れた母に、母ちゃんと呼ぶと笑顔で応じる母の死は、一番気落ちしたときだった。愚直で寡黙な父は、母を最期まで見届けた。着の身着のままで北朝鮮から引き揚げて苦楽を共にした妻への奉公だったか、そんな父を温泉に連れて来て背を流してやる約束を果たせぬままになった。人の気配に目を開けると、父の恰幅に似た人影が湯煙にぼやける。
出水市 宮路量温 2016/1/20 毎日新聞鹿児島版掲載
我が子の名前すら忘れた母に、母ちゃんと呼ぶと笑顔で応じる母の死は、一番気落ちしたときだった。愚直で寡黙な父は、母を最期まで見届けた。着の身着のままで北朝鮮から引き揚げて苦楽を共にした妻への奉公だったか、そんな父を温泉に連れて来て背を流してやる約束を果たせぬままになった。人の気配に目を開けると、父の恰幅に似た人影が湯煙にぼやける。
出水市 宮路量温 2016/1/20 毎日新聞鹿児島版掲載
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