はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

妻の本音

2020-07-29 13:33:59 | はがき随筆
 妻がテラスの上部の隅をしばし見つめていた。突然「踏み台を持ってきて。倉庫から雨がっぱと網の付いた帽子も。洗面所から殺虫剤を」と矢継ぎ早に指示する。
 今年も蜂の巣を見つけ、あだを討つごとく、殺虫剤を振りかける。「ボーツとしていると刺されるわよ。そこの棒を渡して」。蜂の巣はなんなくたたき落される。
 妻が「これであなたも安心、安全に洗濯物が干せるわ」と。後片付けはもちろん私。
 台風発生を耳にするや「鉢物は倉庫へ。吹き飛ばされそうな物は重しをおいて」と下知が飛ぶ。強い台風接近の時には「しっかり脚立を抑えて。はい、ローブ」。物干しざおで雨戸を固定する。私は頼もしげに見とれるだけ。
 緑内障が進行した私の手足となってくれている妻。病院へは無論の事、飲み会の送迎もやってくれ、役所などへ提出する書類の全てを処理してくれるのも妻。
 数年前まで私は文化祭の演劇をやっていたが、11月までの3ヶ月間、30分かけ稽古場まで好きなビールを口にせずに毎晩送ってくれた妻。20年以上もだ。
 事が一段落すると、夕食はまずはビールだ。私もお相伴にあずかる。不器用な私のために、魚の骨を抜いてくれる妻。杯を重ねながら「感謝の一言だが、死ぬまでお世話になりそうだね」と言うと「あの世に行ってまでは面倒見ないからね」と妻は真顔で話す。
 鹿児島県肝付町 吉井三男(78) 2020/7/18 男の気持ち掲載

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