ヂヂーと一声、一匹の蝉が落ちて来てそのままひっくり帰り動かなくなった。早朝、ラジオ体操に集まった人たちが蝉を取り囲み、輪になってのぞき込む。「熊蝉だ。ご臨終だね」と男の声。体操が始まる。
間もなく一人の老婦人がよろけるようにして蝉に近づき、両手ですくい上げるようにして近くのケヤキの大樹のくぼみに運び寝かせる。「このままだと蟻地獄だよ、おやすみ」と、祈るようにして体操の輪に帰る。ほんの一瞬の出来事だったが、心優しい老婦人の後ろ姿が、いかにも美しく、まぶしいものに感じられた一瞬だった。
熊本市中央区 木村寿昭(87) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます