はがき随筆9月度の受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)
月間賞に野崎さん(鹿児島)
佳作は一木さん(鹿児島)、増永さん(熊本)、矢野さん(宮崎)
【月間賞】18日「閉所恐怖症」野崎正昭=鹿児島市
【佳作】▽4日「端っこ文化」一木法明=鹿児島県志布志市
▽18日「じんぜん」増永陽=熊本市中央区
▽25日「ポケットの中に」矢野博子=宮崎県日南市
「閉所恐怖症」は、幼い頃から「密閉され逃げ場が無い所」が苦手であるという筆者が、太平洋戦争中の旧制中学時代、近い将来どの兵種に徴兵されるか不安で、歩兵ならまだしもと願っていたという回想です。歩兵ならたしかに空は青天井ですが、その時代の「密閉された」日本で、若い男子にどこにも「逃げ場」が無かったことは、おのずと読みとることができるようになっています。自分を戯画的に表現しながら、批評性を獲得しているのは洗練された書き方と言うべきでしょう。
「端っこ文化」には誰もが思い当たります。ボランティア活動に参加している人たちが体操する時、集合写真を撮る時に、申し合わせたように中央を避け端に寄る傾向を観察して、自分にもその習性があることを省みています。それを日本の文化と見なして、話がやや大仰になりかけますが、一転、のり巻きも端から食べるという卑俗な例にずらして結びます。少し身構えて読み進めてきた読者の心をゆるめて、そこが絶妙。
「じんぜん」は「荏苒」と書き、月日のたつままに何もしないでいることを意味します。夫がかつて書いた原稿で初めて出会い、昨今しきりに思い出すとのこと。政府の新型コロナウイルス対策はじんぜん、「私」のセルフロックダウンがまたじんぜん、という具合です。聞き慣れれない外国語や「人流」などというあやしげな造語が飛び交う現在、このような忘れられた言葉を呼び戻すと、世の中の見え方も少し変わってくるようです。
「ポケットの中に」は、外出もままならない日々が続くなかで、新聞の連載小説「無月の譜」を読む楽しみが語られています。舞台となっている熱帯の風と人情を感じつつ、そこを次の旅の行く先にと思い定めているとのこと。そして、その夢を、今はポケットの中にしまいこんで、時々触って確かめることにしたいと。日々の生活に対するいとおしさのにじみ出た一遍です。
熊本大学名誉教授 森正人
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