はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ひといき

2020-03-07 18:54:12 | はがき随筆
 ついのすみかはこの春で25年がたつが、忘れられないことが幾つもある。
 棟上げの後、程なくして阪神大震災があった。この地も大きく揺れた。急いで現場へ走り、異常がないのを確認した。引っ越しの日には地下鉄サリン事件が発生した。相次ぐ重大事にわが家の先行きを本気で案じていた。
 土地を探したのは家を建てると決めてからだった。私は卒業した小学校区内にこだわり、足踏み状態が続いた。ある日、仕事から帰ると妻が「見て」と1枚の紙を差し出した。折込チラシの裏に、フリーハンドで間取りを描いていた。
 「土地が決まらないのに」と思いつつも、準備することに異存はない。妻の案は増え続け、真剣さに押された。それで1冊の方眼紙を渡して柱や戸、壁の表し方などを教えた。
 妻が方眼紙に描く間取り図は、次第にチラシの裏のものより進化していった。やがてちょっとした図面になった。ただ、いずれの案も仏壇の位置が家の中心だった。妻の望む家の姿からわが家に必要な部屋、その配置が何となく決まっていくようだった。
 土地が決まって、設計士は打ち合わせに入ると、妻の間取り図を見て「参考にします」と受け取った。
 私は勤めの帰り、遅くなっても建築現場に立ち寄った進捗状況を確認した。妻は毎日、方眼紙の図がどう変わっていくか、報告を楽しみに待っていた。
 母校の小学校から徒歩5分。満足している。
 山口県岩国市 片山清勝(79) 
 中国新聞セレクト 2020/2/14「ひといき」欄掲載

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