翁長沖縄県知事が逝去された。余りにも急なことでぼうぜんとし、深い喪失感に襲われるのをどうすることもできない。
凄惨な地上戦の末、戦後は長い占領下にあり、本土復帰後もずっと沖縄は不条理と不平等に苦しんできた。私たちはそのことに負い目を感じつつも頬かむりしてきた。本土のエゴである。翁長氏は在日米軍基地の7割が沖縄にあることの負担をこれ以上は増やさないでと訴え続けられた。がんの病魔と闘いながらまさに命がけであられた。「翁長雄志」の名は国に立ち向かった政治家として青史に永く刻まれるであろう。
熊本市中央区 増永陽(88) 2018/8/21 毎日新聞鹿児島版掲載
凄惨な地上戦の末、戦後は長い占領下にあり、本土復帰後もずっと沖縄は不条理と不平等に苦しんできた。私たちはそのことに負い目を感じつつも頬かむりしてきた。本土のエゴである。翁長氏は在日米軍基地の7割が沖縄にあることの負担をこれ以上は増やさないでと訴え続けられた。がんの病魔と闘いながらまさに命がけであられた。「翁長雄志」の名は国に立ち向かった政治家として青史に永く刻まれるであろう。
熊本市中央区 増永陽(88) 2018/8/21 毎日新聞鹿児島版掲載
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