【優秀作】20日「回想」宮路量温さん=出水市中央
【佳作】25日「歩く」中島征士さん=出水市武本
▽27日「家族」清水昌子さん=出水市明神町
「回想」は、父親の四十九日を終え、骨休めの温泉の中で、引揚者だった両親の苦労、それに母の死の悲しみなどを回想する内容です。古諺に「墓に布団は着せられず」ともいいますが、親孝行の記憶は慙愧の念が多いものです。温泉の湯煙の中に、父親の姿を幻視する結びは秀逸です。
「歩く」は、高校時代から続く山歩きの経験が、印象深く描かれています。ただ山歩きを書き連ねたというだけでなく、人生は新しい道を歩きつづけることだということの暗喩になっているところが、深い味わいを持っています。高村光太郎の詩「道程」を連想させます。
「家族」は、正月の一族再会はよかったのですが、小学3年のお孫さんが「ばあばは私の家族じゃない」と言いだして、寂しくなったという内容です。大家族を誇っていたはずの日本がいつのまに家族の範囲が狭くなったのかという疑問は、核家族の問題だけではなく、多くの社会問題について考えさせられます。
この他に3編を紹介します。
本山るみ子さんの「ひっかかった骨」は、大学の先輩が近くにキャンプに来たので、スイカを届ける約束をしていたのに、父に叱られて果たせなかった。それが長い間気になっていたが、41年ぶりに再会して話してしまうと、うちとけた気分になったという内容です。人間の心理の微妙さがよく描かれています。
若宮庸成さんの「書を捨てて…」は、昨今の記憶力の衰えが気になって、原因を探ってみると、老化もあるが、人との接点の減少があるようだ。書を捨てて人なかに出ようという決意表明です。聞いた名前などを繰り返すといいそうですよ。
堀之内泉さんの「慈雨」は、ご子息の空手の稽古にまつわる成長譚です。初めぐずって泣いてばかりいたのが、いつの間にか先輩風を吹かせるようになっている。この成長ぶりは、先生をはじめ周囲の人々の指導のたまものだ。人との出会いをそれぞれの慈雨とみることに、賢さを感じました。
鹿児島大学名誉教授 石田忠彦 2016/2/18 毎日新聞鹿児島版掲載