はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ツルの北帰行

2018-03-07 16:33:33 | はがき随筆
 日脚が伸び、ツルたちのシベリアへの北帰行が盛んだ。
 おじさんがシベリアからの復員兵だったことは、大人たちの会話から聞き知っていたが「アカに染まって帰ってきた」というその意味を理解したのは私が大人になってからだった。おじさんは親戚の中でも少し浮いた存在だった。生涯独身を通し、つつましく生きておられた。穏やかな人柄で、抑留の体験も直接聞いたことはない。
 毎冬シベリアから渡ってくるツルをみて何を思われたのか、どんな記憶を封印されたのか。今となっては知りようもないが近ごろ気になって仕様がない。
  出水市  清水昌子  2018/3/7  毎日新聞鹿児島版掲載

抜歯

2018-03-07 16:27:45 | はがき随筆
 もう10年以上、私は鹿大歯学部歯周病科に通って歯磨き指導をうけているのですが、生来の不器用さがたたり、何年たってもよい結果が出なくて残念です。昨年定期検査でレントゲンをとり、左下奥歯がおかしいと10月末に口腔外科に回され、抜歯手術が11月20日と決まったのです。心筋梗塞の余病があって、かかりつけ医の意見書が必要となり、風邪に注意と念を押されて、当日を迎えました。左右の腕にはチューブを巻かれ、どうなるかと心配しながら手術台に上がりましたが、先生方や看護師さんのおかげで無事終わり、ほっとしました。
  鹿児島市  津田康子  2018/3/5  毎日新聞鹿児島版掲載

K君無念

2018-03-07 16:20:53 | はがき随筆
 K君が亡くなった。まだ48歳だった。小学4年生のとき受け持った。笑顔のかわいいガッチリした子でサッカーが好きだった。中学では長距離走で頭角を現し、高校は岐阜県の有名校に勧誘され、高校駅伝で活躍したという。両親はすでに亡く、妹さんが「心の優しい兄で、家族で遠くから応援していた」と涙して話してくれた。かわいい妹をひとり残しさぞ無念であったろう。高校時代の写真には元気で走る勇姿があり、仏壇の遺影は小さいときと変わらないほほ笑みで、今にも声をかけてくれそうだった。私は後ろ髪ひかれる思いで辞した。
  出水市  畠中大喜  2018/3/4 毎日新聞鹿児島版掲載

もう1人の師

2018-03-07 16:13:32 | はがき随筆
 1年前この欄に私の「3人の師」を乗せていただきました。ところが、うっかりしていました。もう1人の大切な師を忘れていたのです。彼女は今病気療養中。いや、復帰に向けて必死にリハビリ中です。まるで周囲の不安げな視線に喝を入れるかのごとき刻苦の日々です。そして1人1人に笑顔付きの「ありがとう」を忘れません。みんなを「よし、私も!」と元気づけているのです。
 「お義母さん、ありがとう。あなたと出会えてよかった。今日も霧島から遠く浜松へ向け祈っています」
  霧島市 久野茂樹  2018/3/3  毎日新聞鹿児島版掲載

出発の朝

2018-03-07 16:06:08 | はがき随筆
 帰省中の息子がたつ朝、4時半起床で朝食の準備をする。朝に弱い私に、母はよく「早くして間に合わぬことはなか」と言っていた。早めにとタクシーを呼ぶが、たまたまいない。慌てる私に「大丈夫、まだ早いから」。通りに出れば車は走っていると、息子は家を出る。祈るような気持ちで暖房にあたっていると、携帯の着信音。飛びつくようにメールを見る。「タクシーに乗り、今リムジンに乗りました」。そして私の健康を気遣う言葉が添えてあった。うれしさと安堵の気持ちでほっこりする。午前10時すぎ「快晴の羽田に着いた」とメールが届いた。
  鹿児島市  竹之内美知子  2018/3/2  毎日新聞鹿児島版掲載

福笑い交流

2018-03-07 15:35:57 | はがき随筆
 今年最初のグループの集まり。前日夕方の天気予報を聞いて雪のないことを祈って就寝した。翌朝5時、外に出ると足元に雪はなく、空に月と星が輝く。会食とレクリエーションの計画を実行した。
 うた、今年の抱負に続いて福笑いに移る。下絵はエベッサア。目、口、耳鼻、ひげを2人1組で置く。ドイツ人のシスターも置く。「ライト」「アップ」「も少しレフト」「イヤー」「アイ」「マウスダウン」等々、みんな英語を使っていた。この教養と必要性、彼女の存在故に。……いえ彼女、日本語とても上手なのです。
  鹿児島市 東郷久子  2018/3/1  毎日新聞鹿児島版掲載

サイダー

2018-03-07 15:19:45 | はがき随筆
10月中ごろ、オハイオ州の大学の先生方にサイダー買いに誘われた。ここでサイダーとはリンゴの搾り汁のことである。郊外の谷あいに木作りの搾り機が斜面に沿うようにあり、上の方には中くらいの緑色のリンゴが山と積まれている。稼働すると白っぽい緑色の果汁が勢いよく流れ出てタンクにたまる。すすめられるままに出口からコップに受け、口にする。清冽なリンゴの香り、甘酸っぱいジュースが喉を流れる。これこそ天恵の味、何杯も口にした。
 忘れ得ぬ美味であった。もう一度飲みに行きたいし、日本の産地でも味わってみたい。
  鹿児島市 野崎正昭  2018/2/27  毎日新聞鹿児島版掲載