高校の同級生の訃報が届いた。
「ああ、とうとう・・・」と思った。
ホスピスに入院した、と聞いていたからだ。
彼とは、同じクラスになったことがあったっていうくらいで、特に親しいということもなかったのだけれど、
彼と親しかった人たちが周りにいて、ちょくちょく情報が入ってきた。
すい臓がんになってしまったこと。
カバノアナタケというキノコのおかげで、劇的に回復し、職場復帰を果たしたこと。
お酒を飲みに行けるくらい回復して、一緒に飲んだ、と言う話。
家に遊びに行ったという話・・・。
奇跡ってあるんだなあ、と思っていた。
その後、話題にのぼらなくなり、元気でやっているのかと思っていたら、
ホスピスに入院しているらしい、という話が耳に入ってきた。
お見舞いに行ったという話。
会いたい人はたくさんいるけれど、衰弱している自身の姿を見せたくない、と言っていたこと。
ちょっとだけ自宅に帰ったってこと。
大阪から札幌までお見舞いに行った同級生がいたこと・・・。
そして、その彼が大阪に戻る飛行機に乗る直前に、訃報が届いたこと・・・。
奇跡はおこらなかった。
思いつく同級生に、このことを知らせた。
あまり、知らないけど優しい人だったよね。
いつもニコニコしてたよね。
と、おしなべて、優しい笑顔の人、という印象をみんなが抱いていた。
悪いイメージを持っている人がただの一人もいない。
なんて素敵なことなんだろう。
葬儀の日程も伝わってきたので、弔電を打った。
それほどのお付き合いはなかったけれど、あまりにいろんな人から情報が入ってくるので、
なんだか親しいような錯覚に陥ったのかもしれない。
参列した友人によれば、名前が違う風に読まれていたらしい。
ただでさえ、結婚して苗字が変わってるので、もはや誰だかわからなかったに違いない。
お嬢さんが私の次男と同じ年だと聞いた。
年が明けたら成人式。
振袖姿を見たかったことだろう。
自分のことを思っても、まだまだ子供たちを残して逝くわけにはいかない。
さぞ、無念だったことだろう。
葬儀の前に彼のお宅に弔問した友人によれば、彼が最後に聞いた曲は
ビートルズのデビュー曲「ラブ・ミー・ドゥ」とのこと。
かっこよすぎる、と友人は言う。
それを聞かれて、ちゃんと答えられる彼の息子さんもかっこいい。
彼は、同じ職場の同級生に、亡くなる前に手紙を託していて、葬儀の時に読まれたという。
お世話になった各方面の人たちに感謝を、最後には残された家族のことをよろしく、と。
数年前に、やはり友人ががんで亡くなった。
彼もまた、残された日々の中で、着々とその日への準備を進めていた。
このとき集まった仲間たちで話したものだ。
「死にざまは生きざまだ」と。
もしも私が余命を、宣告されたら彼らのようにできるだろうか・・・。
ただ言えるのは、月並みだけれど、その日が来るまでの一日一日を大切に生きて行かなければ、ということかも。
大きなことはできなくても、せめて恥じることのない人生を送りたい、と切に願う。
次の同窓会でお会いできなくなってしまったのが本当に残念です。
どうか安らかに・・・。
合掌
「ああ、とうとう・・・」と思った。
ホスピスに入院した、と聞いていたからだ。
彼とは、同じクラスになったことがあったっていうくらいで、特に親しいということもなかったのだけれど、
彼と親しかった人たちが周りにいて、ちょくちょく情報が入ってきた。
すい臓がんになってしまったこと。
カバノアナタケというキノコのおかげで、劇的に回復し、職場復帰を果たしたこと。
お酒を飲みに行けるくらい回復して、一緒に飲んだ、と言う話。
家に遊びに行ったという話・・・。
奇跡ってあるんだなあ、と思っていた。
その後、話題にのぼらなくなり、元気でやっているのかと思っていたら、
ホスピスに入院しているらしい、という話が耳に入ってきた。
お見舞いに行ったという話。
会いたい人はたくさんいるけれど、衰弱している自身の姿を見せたくない、と言っていたこと。
ちょっとだけ自宅に帰ったってこと。
大阪から札幌までお見舞いに行った同級生がいたこと・・・。
そして、その彼が大阪に戻る飛行機に乗る直前に、訃報が届いたこと・・・。
奇跡はおこらなかった。
思いつく同級生に、このことを知らせた。
あまり、知らないけど優しい人だったよね。
いつもニコニコしてたよね。
と、おしなべて、優しい笑顔の人、という印象をみんなが抱いていた。
悪いイメージを持っている人がただの一人もいない。
なんて素敵なことなんだろう。
葬儀の日程も伝わってきたので、弔電を打った。
それほどのお付き合いはなかったけれど、あまりにいろんな人から情報が入ってくるので、
なんだか親しいような錯覚に陥ったのかもしれない。
参列した友人によれば、名前が違う風に読まれていたらしい。
ただでさえ、結婚して苗字が変わってるので、もはや誰だかわからなかったに違いない。
お嬢さんが私の次男と同じ年だと聞いた。
年が明けたら成人式。
振袖姿を見たかったことだろう。
自分のことを思っても、まだまだ子供たちを残して逝くわけにはいかない。
さぞ、無念だったことだろう。
葬儀の前に彼のお宅に弔問した友人によれば、彼が最後に聞いた曲は
ビートルズのデビュー曲「ラブ・ミー・ドゥ」とのこと。
かっこよすぎる、と友人は言う。
それを聞かれて、ちゃんと答えられる彼の息子さんもかっこいい。
彼は、同じ職場の同級生に、亡くなる前に手紙を託していて、葬儀の時に読まれたという。
お世話になった各方面の人たちに感謝を、最後には残された家族のことをよろしく、と。
数年前に、やはり友人ががんで亡くなった。
彼もまた、残された日々の中で、着々とその日への準備を進めていた。
このとき集まった仲間たちで話したものだ。
「死にざまは生きざまだ」と。
もしも私が余命を、宣告されたら彼らのようにできるだろうか・・・。
ただ言えるのは、月並みだけれど、その日が来るまでの一日一日を大切に生きて行かなければ、ということかも。
大きなことはできなくても、せめて恥じることのない人生を送りたい、と切に願う。
次の同窓会でお会いできなくなってしまったのが本当に残念です。
どうか安らかに・・・。
合掌