今年3月、ワグネル三田会顧問の下田さんから 「この度、木下先生
の御長女、坂上昌子様が、『坂上昌子ソプラノリサイタル~やまとこ
とばを美しく~』と題する、私家版CD(2枚組、歌詞集付)をお出しに
なりました。御次女の増山歌子様がピアノ伴奏をされています」とい
うメール連絡があった。--私はいの一番に注文した。
坂上先生は、最近は森山良子の先生として有名かもしれないが、
「プロフィール」を引用すれば、東京芸術大学声楽科を卒業。中山悌
一、大熊文子諸氏に師事。発声法を森明彦氏に師事とある。二期会
会員、木下記念日本歌曲研究会代表、玉川大学芸術学科講師。
「現在も小松英典氏(たしか、私と同年配だ。「学而不止」)に師事」と
あるのは驚き!だ。
付録の「収録CD歌詞集」には、坂上先生の「やまとことばを美しく
について」という小論が掲載されており、勉強になる。
曲目は、次のとおり。
CD1
<信時潔>
「小倉百人一首」より
「小品集」
歌曲集「沙羅」
<山田耕筰>
「幽韻」
「鐘が鳴ります」
「からたちの花」
「曼珠沙華」
「芥子粒夫人(ポストマニ)」
CD2
<平井康三郎>
北原白秋「日本の笛」より
北見志保子「平城山」等
<團伊玖磨>
「美濃びとに」
「三つの小唄」
<別宮貞雄>
「淡彩抄」
<三木稔>
歌楽「鶴」
これらは昭和57(1982)年11月から平成5(1993)年11月まで、のべ
6日間のLIVE録音である。
以下、59曲すべてにコメントできないが、いつもながらつたない感想
をお許しの程。
いいCDでもすぐに廃盤になってしまい、中古マーケットでも驚くほど
高価な値段になってしまう。ましてや私家盤であれば、本CDは大変
貴重なものだ。
「歌」は、まずは子音と母音である。ドイツ語とかイタリア語には注意
を払って学習するが、国語たる日本語は誰でも歌えることもあって、
(音大生でさえ)子音(--強弱とタイムヴァリュー)と母音(--音色
を含め)、そしてアーティキュレーション(!)がともするとおろそかに
なりがちだ。
日本歌曲には、日本歌曲の歌い方がある。言葉で表現するのは大
変難しい問題だが、このCDではそれを身をもって示されている歌唱
(--LIVEだが、「歌詩」、「言葉」がはっきり聴こえる。)、と言えるの
ではないかしらん。
ほとんどが歌子先生の伴奏(--楽譜をよく読みこまれたと言えば
いいのか、木下先生指揮『心の四季』のそれのように、私はいつも
作曲者が楽譜に書けない、「大胆な」伴奏に驚かされる。)で統一さ
れているのも嬉しいことだ。
今さらながら、歌曲は(合唱でも)、歌唱プラスピアノ伴奏で一つの
「歌曲」であり、一つの「歌唱演奏」である。
だからこそ名演と言われるものには、すべて名伴奏があるのではな
いかしらん(--D.フィッシャー=ディースカウ然り)。
このCDによって日本歌曲作品の変遷も垣間見ることができるだろう。
<信時潔>1887/12/29~1965/8/1(77)
ビクター盤CD「信時潔歌曲集~信時潔没後30年&戦後50年特別
企画」に含まれていない「小倉百人一首より」が入っているのがいい。
いずれもLIVEらしくおもしろいというのか、いろいろな表現(ハッとす
る表現)が飛び出してくる(いったい、ハッとしない歌唱や合唱はつま
らない?)。
<山田耕筰>1886/6/9~1965/12/29(79)
代表作「鐘が鳴ります」、「からたちの花」、「曼珠沙華」のほか、最初
期の作品「幽韻」と大曲「芥子粒夫人(ポストマニ)」が入っている。
生で聴いたことがない「芥子粒夫人(ポストマニ)」が収録されている
のも嬉しいことだ。山田耕筰は、本当はオペラの作曲が一番やりた
かったのかもしれない。
これは当日の演奏会最後の演奏のようだ。20分弱の演奏の熱気が
伝わってきて、これでCD(1)が終わると拍手しそうになる。
<平井康三郎>1910/9/10~2002/11/30(92)
北原白秋「日本の笛」より
「野焼のころ」ではそれまでよりも明るめの母音で歌っている。微妙な
アゴーギクがあり、曲が終わる直前(--「ほろと啼く」の前)の「間」
に泣かされる。
北見志保子「平城山」等
北見志保子作詩、平井康三郎作曲が3曲歌われている。「平城山」
の絶唱がすばらしい。学校の教科書で覚えた、この曲がこんな歌だ
ったとは!
北見志保子は不勉強で知らなかったが、明治18年生まれ、大正~
昭和時代の歌人だ。
<團伊玖磨>1924/4/7~2001/5/17(77)
「美濃びとに」
「三つの小唄」
旋律も音が取りにくく、伴奏もかなり「進化」した作品だ。その中に「日
本的」なものが感じられるのがおもしろい。
「平井康三郎」~「團伊玖磨」は昭和57(1982)年11月1日イイノホ
ールにおけるリサイタルだ。平井康三郎の北見志保子以外は、すべ
て北原白秋の詩に作曲されたもので統一されている。
このリサイタルは、木下保先生が亡くなられる、わずか10日前だっ
た。
<別宮貞夫>1922/5/24~2012/1/12(89)
「別宮貞夫」~「三木稔」は、平成5(1993)年11月17日のLIVEであ
る。
別宮は、東大の物理学科と美学科を出た「変わり種」だ。「淡彩抄」は
畑中先生指揮の男声合唱編曲版で知ったが、氏の弱冠26歳時の作
品であり、代表作というから驚きだ。
ピアノ伴奏とともにしみじみと歌い上げる歌唱がすばらしい。若い人
が一朝一夕には歌えない「大人の歌」かしらん。
<三木稔>1930/3/16~2011/12/8(81)
歌楽「鶴」
伴奏は邦楽器(和楽器)によるもので、一種のモノオペラと言ったら
いいのかしらん。初めて聴く私にとっては、衝撃的な作品であり、こ
れぞ絶唱と言える演奏だ。きれいな状態で録音が残っていたことに
感謝である(演奏時間は約29分)。
付録に掲載されている、「モノオペラとしての『鶴』」という三木稔の文
章も興味深い。そこには、「(昔)若い私は、勢いあまって(木下)先生
にたてついたのです」とある。
既にお二人とも亡くなられたが、お二人は、一時、言わば福澤諭吉
と九鬼隆一のような関係であったのかしらん(私の学生時代に木下
先生がちらっと洩らされたことがあったかと)。
CD1枚が70分前後、質量ともぎっしり詰まっているので、演奏日ご
とに、あるいは作曲家ごとに分けて(--「休憩」を入れて)聴いた
方が新鮮に、生の演奏会の雰囲気に浸れていいのかもしれない。
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