秋田県の乳頭温泉の鶴の湯温泉と蟹場温泉を繋ぐ山道を二時間ばかり歩き、二つの湯に二時間ばかり寛いだ。田沢湖駅に「日本で人気第一の乳頭温泉郷」の看板があったが、ほんとか知らん。
でも、オイラもふるさとの鳴子温泉郷とならんでお気に入りの郷。硫黄分があって、泉質が多様でたくさんの湯船があって、素朴なところがいいが、乳頭は、ブナの森に点在し、秋田駒や乳頭山の登山基地なのでオイラのなかでも日本一かもしれない。
だが、ここの人気No.1の鶴の湯露天風呂だけは、あまりに有名で登山口からも離れていたので、これまでは縁がなかった。
が、昨日は、山登りではなくブナの森の散策という選択をしたので、やっと鶴の湯露天風呂にゆっくり浸かった。コロナのせい大きな乳白の湯船は、数人のオトコだけで、静かさをいただいた。
鶴の湯から、湯疲れの歩みで一時間少し、バス停のある蟹場(ガニバ)の湯でバスを待った。透明な硫化水素泉に湯の花が「まるで溶けたトレペ」のように浮遊していた。
思い出した、三十数年前、青森県八戸に四年ほど暮らしていた当時、山の会の先輩Tさんと乳頭山の帰り、この湯船に浸かり、同じような会話をしたことを。この先輩とは、気が合って、毎週のように山に入っては、湯に入り、帰りはドライフインでラーメンをすすって締めた。
その先輩が、当たって(脳卒中)再起不能になったのは、八戸を離れる矢先の年。まだ四十半ばぐらいだったか。
あんなに気をかけてくれ、一緒に登った仲なのに、それ以来、なんだか悪くて音信を取らなかった。
もうこの世にはいないんだろうな。
蟹場の湯の花は、オイラを自戒させた。Tさんのずぶとい八戸弁は、忘れようたって、忘れられない。
「ほんとに山の好きなひとだったよな。そして、オイラを気にとめてくれた数少ない御仁。音信していればよかった。」
夜の仙台に、中秋のお月様が松の間にコウコウと輝く。T.さんの顔が浮かんだ。