日々雑感「点ノ記」

備忘録(心の軌跡)

素揚げ

2014年11月02日 | 日記
諌早市の有喜漁港で、小魚たちに遊んでもらった。

隣りでは、高校生ぐらいの息子さんとそのお父さんが、和やかに釣りを楽しんでおられた。

お父さんはタバコをふかしながら、クーラーボックスに座ってウキを注視しつつ、息子さんに釣り技の講釈をされている。

私が見ていた時だけでも、20cmほどのキジハタを、親子で4匹ぐらいは釣り上げておられた。

素敵な親子だなと思った。

私の方には、本当に小さな魚たちが釣れてくれた。

天気も良く、海を眺めながら、お日様をからだいっぱいに浴びる事ができたよい一日だった。

釣れてくれた小魚たちは、素揚げにして、ビールのツマミになりました。


本日の素揚げ







炭火焼き

2014年11月02日 | 日記
椎茸を炭火焼にして食べてみようということを思い立ち、先週の日曜日に「卓上コンロ」という商品名の品物を購入した。

七輪の長方形版のようなもの。

2500円ぐらいだった。

通常の「七輪」にしようかどうしようかと悩んだが、結果としては焼く面積が広い「卓上コンロ」の方を選んだ。

その品物の箱には、「卓上コソ(そ)ロ」と表記がしてあり、その箱は近隣の外国で製造された物であろう事が推定できた。

炭火焼きだから「炭」も一箱600円で購入したが、レジで表示されたそれの産地は、「インドネシア」になっていた。

七輪で炭火焼をするのに、外国製品に依存しなければならない事を奇異に感じたが、食糧の自給さえもできていないような我が国においては納得するしかないのかも知れない。

しかし、そのような製品を製造している外国の人たちの生活の糧の元を、そのような外国に提供しているのだと考えれば、ある種の国際貢献の一環と捉えることもできるのかなとも思う。

炭火を熾すには、種火から炭に着火させる必要がある。

火吹き竹を作った。

子どもの頃、母がかまどに掛けた「ハガマ」で米を炊く時に、「火吹き竹」を使って息を吹き込み、種火から薪に燃え移らせる事をやっていた。

長さ50cm程度、直径3cm程度の竹の先端の節を一箇所残して、その節にキリで直径2mmほどの穴を開け、真ん中の節は鉄筋などで節を貫通させて作る。

その火吹き竹に息を吹き込むと、竹の先端の小さな穴から収束された息が勢いよく吹き出て、種火の炎を増幅させて炭や薪などに燃え移る。

「卓上コンロ」(長方形の七輪)の中で、インドネシア産の炭に種火の炎を燃え移らせたら火花がはじけた。

「村のかじや」という歌の歌詞に出てくるやつかな・・・。

♪♪しばしも休まず槌打つ響き。飛び散る火花に走る湯玉♪♪

炭の炎が安定するまでは、パチーン、パチ-ンと火花がはじける。

気をつけないと、化繊の服などにその火花がかかると穴が開いてしまう。

炭火の炎が安定してきたら「卓上コンロ」に付属の金網を被せて、その上に椎茸、ウインナー、ちくわ、玉ねぎを輪切りにしたもの、ニンジンの薄切り、根深ネギ、厚揚げ、鶏肉を電子レンジでチンしたもの、ピーマン等を載せて焼きにかかる。

妻と息子の三人で、熱々の焼けた食材をつまみにしながら、ビールを流し込む。

至福の時間をすごす事ができた。

終わった頃にも炭火が残っていたので「消し炭」にした。

薪などが燃えて炭化したものを、素焼きの壷などに入れてフタをして酸素の供給を遮断すると「消し炭」ができる。

その「消し炭」は、再度、燃料として使う事ができる。

昔の人の物を粗末にしない知恵。

古い陶製の小さな火鉢があったのでそれに燃え残っている炭火を入れて、フタの代わりにアルミ箔で火鉢の上面を被い、そのアルミ箔をヒモで結んで固定した。

七輪(卓上コンロ)や火吹き竹、消し炭など、懐かしい子どもの頃を思い出す事ができた。

平和で平穏であればこその庶民の幸せ。

戦争なんか絶対に起こしてはいけない。



七輪(ウィキぺディアより)

七輪(しちりん)は木炭や豆炭を燃料に使用する調理用の炉である。「七厘」とも書く。

語源は、諸説あるがはっきりしない。

わずか7厘(金銭単位)で買える木炭で十分な火力を得ることができたことから

わずか7厘(重量単位)の重さの木炭で十分な火力を得ることができたことから

下部の炭火を受ける皿に7つの穴があったことからなど。



豊田一喜