日々雑感「点ノ記」

備忘録(心の軌跡)

掛け声だけ?

2005年11月30日 | インポート
今日と明日(11月30日と12月1日)で、雲仙市における初めての臨時議会が開かれるという情報を、雲仙市のホームページ以外からの情報で知りました。

確認のために雲仙市のホームページを開いてみましたが、そのような記述を探す事は出来ませんでした。

奥村市長は、情報公開の必要性を主張されておりましたが、具体的にはどのような手段による情報公開を目指しておられるのでしょうか。

雲仙市のホームページにおいて、議会の開催日程や、その議会で審議される具体的な議案の公開などは、今すぐにでもできる情報公開のひとつではないでしょうか。

市議会の召集権は市長にありますから、市長サイドからの情報として、いち早く市民に公開すべき性質の情報であろうと私は思います。

情報公開の必要性を主張するだけなら誰にでも出来ます。
掛け声だけなら誰でも出せます。

要は、それを具体的に実施できるかどうかであって、市長の指示さえあれば、今からでも雲仙市のホームページ上で公開できるはずです。

ホームページによる情報公開のメリットは、その即時性と情報伝達の広範性にあります。
何のために雲仙市のホームページを持っているのかということの認識を明確にしておく必要があると思います。

新生雲仙市議会で審議されていく事柄の、詳細な経緯をきちんと市民に伝えていく事は、情報公開を主張して当選された奥村市長が実行すべき重要施策のひとつであろうと私は思います。

買収容疑で逮捕された市議会議員に対して、雲仙市議会はどのような対応をするのか、というようなことも含めて市民は注視しているでしょう。

行政や議会の透明性の確保から雲仙市はスタートして欲しいと思っております。


豊田かずき


誕生

2005年11月29日 | インポート
いつも夫婦で行くお菓子屋さんの若奥様の姿が、店先に見えませんでした。

一昨日にはその若奥様から、買った品物を手渡してもらいましたが、おなかが大きいなとは思っておりました。

今日、おかみさんが、「生まれたとよ。」と話されました。

臨月で、しかも出産の前日まで店先で仕事をしてらしたことになります。
強いなと思いました。

新しい命の誕生で、雲仙市愛野町の人口が、ひとり増えました。
非常におめでたい事だと思います。


自分たち夫婦が、そのような誕生の感動を最後に味わったのは、大阪に住んでいた20年前でした。

臨月の妻は、その前日に、かかりつけの産婦人科医院で診察してもらい、「あと1週間ぐらいは大丈夫」と言われて帰ってきておりました。

その日の夜中に陣痛がきて、午前3時頃、病院に連れて行くためにタクシー会社に電話をかけてみましたが、どこのタクシー会社も営業が終わっておりました。

仕方が無いので、歩いて20分ぐらいの所にあるかかりつけの産婦人科医院まで徒歩で連れて行きました。
連れて行ったといいましても、ほとんど妻が自力で歩いて、その産婦人科医院にたどり着きました。
強いなと思いました。

産婦人科医院に着いてから、1時間もせずに、無事に長男を出産しました。

アパートの部屋には、4歳と2歳の長女と二女を寝かせたままで出てきておりましたので、急いでアパートに帰ってみましたが、幸いにも二人とも何も知らずに、すやすやと眠っておりました。

子どもたちが目覚めてから、弟が生まれた事を話して聞かせ、前日の夕飯の残りのカレーライスを温めて朝食を済ませて、妻と長男のいる医院に連れて行き、感動の対面をしました。

その長男も、今年で20歳になりましたが、長男が生まれて1ヵ月ぐらいの時に、愛野町に住んでいた私の父親が病死しましたので、それから半年後に家族5人で生まれ故郷の愛野町に帰ってきました。

愛野町に帰って来て、紆余曲折のあった20年間ですが、家族が皆、健康で過せて平和な社会である事が何よりだと思います。

新しく生まれてくる命のためにも、この平和な社会が未来永劫続いて欲しいものだと思っております。


豊田かずき



木枯らし

2005年11月28日 | インポート
午後ぐらいから強い風が吹き始めました。

国道の両側に雑木林がある所を車で走っていたら、木の葉が舞い飛び、フロントガラスに何かがぶつかりました。

きっと、どんぐりの実が風で落とされてぶつかったのだろうと思いますが、突然「ガチン」という音がしたのでびっくりしました。

夜には、かなり強い風が音を立てて吹き荒れており、雷鳴も遠くで聞こえておりました。

木枯らしなのかなと思いました。

BS放送で「喜びも悲しみも幾歳月」という昔の映画をやっておりましたので、それを見ながら、海の方は相当荒れているのだろうと思いました。

漁師さんたちは、台風よりも冬の低気圧の通過を恐れているという話を、以前に聞いた事があります。

「七つの風を集めて」ということでスタートした、奥村市長が作り上げていく雲仙市は、どのような布陣で出発していくのか興味深い所です。

補佐役には、「七つの風」の中のどこの風を配置されるのか、従来からの噂どおりの事になるのかならないのか、「七つの風」をバランス良く集めていくには思案のしどころではないでしょうか。

また、議会の構成も興味のあるところです。
議長、副議長、各委員会の委員長など、原則としては議員の中の選挙で選ばれるものですが、どのように落ち着くのでしょうか。

情報公開の推進を大きなテーマとされている奥村市政ですから、まずは、雲仙市のホームページによる情報公開の充実を手掛けていただきたいと思います。

7町合併によって、人材の集積がなされたはずですから、ホームページ上での情報公開などは、職員の手で自在に行えるはずです。
特別の予算も必要ではなく、市長と職員のやる気さえあれば今日からでもできるはずです。

役所内での経費削減の一番効果的な方法は、職員みずから色々な職務をこなし、従来は外部委託する事が当然の様に思われていた業務の一部を、市役所職員の手で処理する事ではないかと思います。

入ってくるお金が少なければ、出て行くお金を少なくする事を考えなければなりません。

市役所職員の採用においても、技術系の職員や、民間での実務経験者の採用比率を多くすれば、各分野での内部処理が可能な業務が多くなり、結果として経費削減に結びついていくのではないかと思います。

民業の圧迫だという考えの方もおられるかも知れませんが、従来通りの手法での行政運営方式であれば、遅かれ早かれ、いきづまってくる事は近来の歴史が教えてくれていると思います。

奥村市長が、手際よく「七つの風を集めて」いかれる手腕に期待したいと思います。
くれぐれも「木枯らし」のような風にならないように。


豊田かずき


ひそひそ話し

2005年11月27日 | インポート
島原市の親戚の家で聞いた話です。

雲仙市議会議員の選挙運動期間中に、ある候補者が、愛野町の公的施設で開いた個人演説会を聞きに行った時の事を、愛野町に住んでいる知人から聞いたという話です。

演説会場で演説が始まる前の待ち時間に、近くにいた人達がしていたというひそひそ話し。

「あたんねな、いくらもろたかな。」
「おいげな、ほとけさんに参らした後に1万円あがっちょったばってん、どげんすればよかっじゃろかいなー。」
「そら警察に届けじゃでけんとじゃなかろか。」

どの候補者の事を指しているのかは分かりませんが、やっぱりという感想です。

御仏前としてあげた物が、贈賄に当るのかどうかは微妙なところでしょうが、葬式でも法事でも無い時にあげたとすれば、やはりそのような意図があったのではないかと類推せざるを得ないのではないでしょうか。

方法としては巧妙な方法なのかもしれませんが、それを受けた人は、その様な事で候補者の「誠意」を感じ取ってしまうのかもしれません。

そのような方法で集めた支持であるとすれば、毎回そのようにしなければ支持は得られないであろう事は、当事者が一番認識している事だろうと思います。


豊田かずき



雷鳴

2005年11月26日 | インポート
夕方、雨が降り出し雷鳴が轟きました。
パソコンをシャットダウンし、エアコンのスイッチを切りコンセントを抜きました。

以前に雷の影響でエアコンがおかしくなった事がありますので、そのようにしました。

今年は暖かい日が続いているように思います。

地球温暖化の影響なのかも知れませんが、外国ではいろいろな異常気象による災害が起きています。

人類のエゴに起因する、地球再編の予兆だという宗教関係者もいるようです。

雲仙市では、自然災害に対する対処方針の確立を、早急にして頂きたいと思います。

災害はいつどのような形で起こるか分かりませんが、地震や風水害、さらには火山による災害などにいつでも対処できるような備えだけは、平常時において確立しておく必要があると思います。

コンサルタントに多額のお金を出して、どこにでもあるような形式的なものを作るのではなくて、合併して人材が集積されたのですから、本当に地域の実情を把握している役所職員や地域の人達の知恵や意見を取り入れた、地域の実情に合った災害対策方針を確立しておくべきだと思います。


豊田かずき


床屋さん

2005年11月25日 | インポート
車で15分ぐらいの所にある、瑞穂町の床屋さんで散髪をしてきました。
7年間ほど通い続けている床屋さんで、この7年間の私の周りの出来事を、たくさん話してきた場所です。

髪の毛の重さなどたいした重さでも無いのに、それを短くしてもらうと、頭がとても軽くなったように感じます。

洗髪してもらってから、きわ剃りをして、ひげを剃り、鼻毛や耳毛の手入れをしてもらっているうちに、心地よい眠たさが訪れます。

剃刀の刃が、顔の皮膚の上をすべり、顔の表面の突起を刈り取りながら、なめらかな曲面を作り上げて行きます。

床屋さんの熟練の技術の見せ所で、私にとっては至福の時間でもあります。

雲仙市という自治体にはなりましたが、床屋さんと私の関係は、同じ市民になっただけで何にも変わりません。

私にとっては、とても落ち着ける空間のひとつです。


豊田かずき


プロパンガス

2005年11月24日 | インポート
選挙運動期間中の煮炊きに使うために、20kgプロパンガスボンベを借りていました。
7日間の炊飯と、大き目の鍋での煮炊き用に使いましたが、そのボンベ1本で十分間に合いました。

21日にそのボンベを引き上げてもらい、使用分を計量して、今日集金にみえました。
使用した分量は10kgだったという事で、3465円の料金でした。

1日あたり500円程度の燃料費で、たいていの煮炊きが出来た事になります。
何かの参考になればと思います。

これから、選挙にかかった費用の収支報告書を整理しなくてはなりませんが、今回の選挙で使ってよい選挙費用は、288万円までだという通知を、13日の立候補届け出の日にいただいております。

私の場合には、元々お金を持っていないので、その制限金額内に納まるような支出しかしておりませんが、私の人生における多額の授業料だったのかなと思うことにしております。

時間の経過が少しずつ選挙の記憶を薄めて、日常の平穏さを取り戻しつつあるようです。


豊田かずき


ジンクス

2005年11月23日 | インポート
語源由来辞典によれば、

「ジンクスとは、因縁のように思う事柄。縁起。
ジンクスは、縁起が悪いものを意味する英語「jinx」が語源である。
英語「jinx」は、魔術に用いるキツツキ類の名をさすギリシャ語に由来する。
日本では悪い意味が失われ、ジンクスは、因縁や縁起などの意味で用いられるようになった。
さらに、「○○を見たら、その日は良いことがある」とか、「○○をしたら、その日は良い」といったような、良い縁起の意味で用いられることが多くなった。」

となっております。

私の、雲仙市議会議員選挙の最下位落選をさして、島原市議・松坂昌應氏との交流があったから、そのジンクスで落選したかのごとき書き込みがあっているようですが、それは全く的外れの考え方だと思います。


私が平成15年4月に行われた愛野町議会議員選挙に出馬したのは、無投票を阻止するため
でした。
無投票という事は、選ぶ側の権利を剥奪する事につながります。

そのような私の思いを理解して、支援して下さった方々のおかげで愛野町議会議員にならせていただきました。
ならせていただいた以上は、全力でその職務を遂行しなければならないと思い、私に出来る事から始めました。

年間で4回開かれる議会定例会において、一般質問をする権利が議会議員には与えられております。
その議会定例会において、毎回一般質問をしました。

私のような、生活者としての一庶民の目線で行政を眺めて見ますと、一般質問のテーマはいくらでも出てきました。

私が愛野町議会議員をさせていただいていた2年5ヶ月余りの期間に、合計で10回の議会定例会が開かれましたが、その10回全てにおいて一般質問の席に立ちました。

その私の一般質問を契機として、検討され、あるいは予算化されて実施された案件も多数ありました。

議会は傍聴することもできますし、その議会における発言を記録した議事録を閲覧する事もできます。

しかし、平日の昼間に開催される町議会を傍聴する事が出来る人はあまり多くはなく、議事録の閲覧も平日の昼間にしかできないので、議事録の閲覧者もほとんどおられなかったものと思います。

その様なことから、多くの人に情報発信をしていく必要性を感じて、平成15年9月より「豊田一喜の議員活動報告」というホームページを開設して、インターネットによる情報発信を始めました。

そのホームページの中では、毎回の定例議会における私の一般質問と、その答弁の全文を公開してきました。

残念な事に、その様なことを通して情報発信をしているという事を知ってくださっている人の数が少なかったということと、そのようなインターネットの環境が、まだまだ一般に普及していない状況であったようで、私の愛野町議会議員としての活動状況を知ってもらえていなかったのだろうと思います。

今回の雲仙市議会議員選挙への立候補は、そのような2年5ヶ月の期間における愛野町議会議員としての活動実績に対する、住民の方々からの評価を確認するという意味合いと、さらに一度私を支持して下さった方々に対して筋を通すという意味合いのものでした。

私が最下位落選した原因は、そのような私自身の愛野町議会議員としての活動実績が評価してもらえなかった事の結果であると認識しております。


新生雲仙市としては非常に不名誉な事ですが、既に買収容疑で逮捕者も出ている選挙ですので、詳細な捜査をすれば、もっと多くの選挙違反行為が発覚する可能性もあるのではないかと思います。

逮捕された市議は氷山の一角であろうと思いますし、警察の捜査の手が伸びる事に戦々兢々としている人がいないともいえないと思っております。

選ぶ側の意識が、自分たちの住む地域を良くも悪くもして行くのだという事を思ってしまいました。


豊田かずき


墓参りと決意

2005年11月22日 | インポート
仕事の都合で、長野県と東京に分かれて住んでいる姉の家族が、一家揃って家を訪問してくれました。

姉夫婦と甥と姪の4人家族で、それぞれの休みをうまく調整して、4人揃って来てくれました。

甥や姪が家を訪問してくれるのは8年ぶりで、前回来てくれたのは、私の父親の13回忌の時でした。

姪は既に働いており、甥は大学4年生で、既に就職も決まっているという事ですが、4人が揃って休みを取る事は簡単ではなかったようです。

墓参りに行きたいと言うので、私も選挙(落選)の報告がてら、一緒に墓参りに行ってきました。

花立の水を代えて、お隣の庭からいただいた花を飾り、各墓碑に供えてあるコップの水を代えてから線香をあげて手を合わせると、いつもの事ながら心が落ち着きました。

選挙結果の落選を伝えるのはつらいものがありましたが、事故にあうことも無く、病気もせずに選挙戦を乗りきれたことの感謝の気持ちを先祖に伝えました。

政治団体としての「豊田かずき後援会」の政治活動は、今後も継続していく事の決意も伝えました。

ルール無視の選挙戦をして、雲仙市議会議員になった一部の人達の議員活動には、特に注視して行きたいと思っております。

行政の監視に関する権限を与えられているのは市議会議員ですが、その議員の行状を監視していくのは私たち一般市民の役目であろうと思います。

雲仙市議会の初めての議会定例会で、各議員がどのような一般質問をするのか、じっくり聞かせて頂こうと思っております。

初代雲仙市長の答弁も含めて、興味のあるところです。


豊田かずき


結果

2005年11月21日 | インポート
雲仙市議会議員選挙の投票結果が出ました。

私の得票数は、147票で、42名の立候補者中で最下位の得票数でした。

私が愛野町議会議員にならせていただいてから、2年5ヶ月余りの期間における私の町議会議員としての活動が、見事に評価して頂けなかったという事の証明であると思っています。
残念とか、情けないとか、悔しいとかいう感情ではなく、あきれてしまったというところが正直な感想です。

評価をする側の尺度の基準が、どのようになっているのかという事を聞いて回りたいような心境です。

ただ、温かい支援をしてくださった近所の方々や親戚には、生涯感謝しながら生きていこうと思います。

また、私に投票してくださった146名の方々の思いは、今後もなんらかの形で表現していきたいと考えております。
私に投票してくださった146名の方々、本当に有難うございました。


今回の選挙戦を通して、2点だけ指摘しておきたいことがあります。
後援会等の看板の設置場所と、選挙運動期間における選挙用自動車の事についてです。

後援会等の看板の設置場所については、雲仙市選挙管理委員会から、建物のある敷地の中に設置するようにという指導がされておりました。

本来、後援会や連絡所としての事務は、建物の中でしか執り行う事は出来ませんから、その場所の表示看板は、建物の立っている敷地のどこかでなければならないということは、常識的に考えて分かる事です。

にもかかわらず、建物も建っていない畑や空き地に立てたままになっている後援会等の看板が見受けられます。

選挙管理委員会は、本当に選挙管理の職務をきちんとはたしているのだろうかという疑念を持ってしまいますし、決まりごとを守らないで平気でいるような人達が、はたして市議会議員として、行政の監視役をきちんとやっていけるのだろうかということを思ってしまいます。

今も、後援会や連絡所の看板はそのまま立っているようですので、違反した場所の看板かどうかは一目瞭然だと思います。
違反しているような場所に平気で看板を立て続けているような市会議員の今後の活動には、住民として注意をしていく必要があると思います。

選挙用の自動車は、候補者1名に1台という事が、公職選挙法によって定められております。
10月20日に開かれた、立候補予定者に対する説明会において、国見警察署の方や選挙管理委員会からも、選挙用自動車の後ろからついて廻る車輌は認めないという説明を強調されておりました。

しかし、選挙運動期間中にすれ違った陣営の中の多くが、後続車輌におそろいのジャンバーを着た人達を乗せて、運動している状況を目撃しました。

警察も選挙管理委員会も、そのような違法行為をどうして指導しないのか不思議に思いました。

規則や約束事を平気で破って選挙運動をして当選した市会議員に、果たして行政の監視役が務まるのかどうか疑問です。

何も知らされていない住民の側から見れば、単独の選挙用自動車で運動を展開しているような陣営には、支持している人達が少ないから後続車輌も着いて来ていないのだろうと思われる方も多いと思いますが、実は、その様に単独の選挙用自動車で選挙運動をしていた陣営だけが公職選挙法を遵守していたという事になります。

選挙運動期間中の様子を思い出してみてください。

きまりに違反して、組織力を誇示するかのごとく、隊列を組んで走り回っていたような陣営の候補者は、そのような自分を支持する組織に対しては何等かの形で恩返しをする事はあるのでしょうが、その他の住民の側に立った施策を展開してくれるのかどうかについては疑問符がつくのではないでしょうか。

きまりごとを平気で破って、さもそれが当然というような顔をしているような人達に、善良な生活者としての庶民感覚が備わっているとは思えないような気がいたします。

合併協議会で協議されて決められてきた事が、遵守されていくのかどうか注視しておきたいと思います。


豊田かずき


立候補届出の前日

2005年11月12日 | インポート
明日は雲仙市長選挙並びに雲仙市議会議員選挙の告示日です。

雲仙市選挙管理委員会から、それらの選挙候補予定者への注意事項として数日前に、選挙期間中におけるホームページの内容の更新はしないようにという事でしたので、明日から11月19日までは、この日々雑感「点ノ記」の更新をお休みいたします。

投票依頼などの内容でなければ、更新をしても別に構わないと私は思うのですが、選挙の管理に関する権限を有する所からのお達しですので遵守する事に致します。

もっとも、雲仙市議会議員立候補予定者の中で、以前よりホームページを公開しているのは私1人だけなので、雲仙市選挙管理委員会からのホームページの更新不可の注意事項は、実質的に私に対しての注意事項であるのかという認識を持っております。

色々な立候補予定者の方々が、情報の公開の必要性を述べられている昨今ですが、私は2年半以上も前から、「豊田一喜の議員活動報告」という形で、自分なりの情報の公開に関する事柄を、具体的に実行してきております。

国策として、電子国土を標榜しているような我が国の地方議会議員たちが、自分の考えなどを文書にする際に、自らはワープロひとつ打てないというような実情を多く見ますと情けなくもなってきます。

そのような事は、それを出来る人にやらせれば良いという特権意識を持っているような「議員先生」などは、今後においては必要ではないと私は思っております。

選挙の前だけ、口先だけできれい事を言っている人かどうかをきちんと見極める事が、新生雲仙市の将来のありようを左右する事に繋がるのではないかと思います。

良識が良識として通用しないような社会を作り上げて行くのも、そうでなくするのも、社会を構成している一人一人の考え方の結果であると私は思っております。


豊田かずき


設備外積載の許可申請

2005年11月11日 | インポート
選挙用自動車の設備外積載の許可申請を、国見警察署にしてきました。

私の場合には、自動車の屋根に2つのスピーカーを取り付けたので、高さが変わる事により、設備外積載の手続きをしなければなりませんでした。

朝から、車内へのアンプの取り付けなどをして、必要書類を書き終えたのが午後2時25分でしたので、午後3時までの受付に間に合うように国見警察署へ走りました。

2時45分に国見警察署に着きましたが、私の直前にも1台の許可申請の自動車が着いていて、その車の確認が終わってからの内容確認でした。

3時前には、警察官の方の確認作業は終了しました。

早朝より雨模様でしたが、確認作業をしてもらった時間帯には雨はやんでおりました。

立候補準備の内の外部関係の準備は殆んど終わりましたが、他にも済ませておかなければならない事がいくつか残っております。

1日という時間が、またたく間に過ぎ去ってしまうような感じがしております。


豊田かずき


ありがたい事

2005年11月10日 | インポート
自分の周りには、温かい心の持ち主がおられて、いろいろと協力してくださったり助言を与えてくださったりしております。

とてもありがたい事だと思っておりますが、今日はそのようなありがたい事ばかりに囲まれて過した一日でした。

友人、知人、親戚の人、初対面の人、父親のことを知っていた人など、たくさんの人の温かい心を一日中浴びながら過させていただく事ができました。

感謝しながら過せる平和な時に生かされている事に感謝したいと思います。


豊田かずき


せんしゃ

2005年11月09日 | インポート
選挙用自動車を略すれば、「選車」とも表現できるのでしょうが、私はそれを敢えて「戦車」と表現したいような心境です。

告示後の選挙戦を戦い抜くためには、広域で合併した雲仙市においては無くてはならない重要なものです。

メガホンやマイクなどを装備して、さらには候補者の氏名やスローガンなどをなんらかの方式で表示した、まさに戦いのための自動車だと思います。

その「戦車」の装備を整えて、11月11日には国見警察署まで届け出並びに審査を受けに行かなければなりません。

きょうは、その装備の一部を準備するために半日ほど費やしました。

深江町の知人が心配して様子を見に来てくれて、色々と協力してもらい、夜には吾妻町で行われた雲仙市長選挙候補予定者のマニュフェスト討論会の状況報告に、再度私の後援会事務所を訪ねて来てくれました。

彼は、3人の雲仙市長選候補者との面識は全く無かったそうですが、彼の感想によれば、彼の評価も、やはり私が想像していたとおりのものでした。

たくさんの人の前で、何かを訴えて、聞いている人の心に残してもらうには、準備された原稿の棒読みでは通用しないという、彼の感想でした。

彼もまた、私の選挙協力者という意味で「せんしゃ(選者)」と呼ばせてもらう事にします。


豊田かずき


選挙用ポスターの掲示板の設置

2005年11月08日 | インポート
旧小浜町内では、選挙用のポスター掲示板の設置が既に終わっている所もあり、設置作業中の所も見かけました。

今回の雲仙市長選挙並びに雲仙市議会議員選挙におけるポスター掲示板の素材は、アルミニュームだということが立候補予定者への説明会で発表されておりました。

ですから、従来のベニヤ板の掲示板の様に、画鋲でポスターを留めるという事は出来ません。

両面テープで留めるか、ポスターの裏面全体に接着剤が付いているようなものにするかしか、掲示する方法がありません。

私は、ポスターの裏面全体に接着剤が付いているようなものにしましたが、貼り方の試しをしてみましたら、きちんと貼り付けるのは簡単では無い事が分かりました。

告示日(11月13日)に風が強く吹かないことを祈っておくしかありません。
そして雨も降らないように祈っておきたいものです。

旧各町の地理に精通した人達にポスター貼りをお願いしておりますが、どの陣営にとっても279箇所にポスターを貼るという事は初めての事であろうかと思います。

ポスター貼りが、告示日の大きな選挙活動のひとつになろうかと思っております。


豊田かずき