川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

「北朝鮮国民の保護」

2009-09-05 21:55:07 | 韓国・北朝鮮
 9月9日は北朝鮮建国60周年ということで金独裁政権は大デモンストレーションを展開することでしょう。

 こんなニュースが流れています。皆さん心して丁寧に読んでみてください。

北朝鮮、核実験で人権侵害悪化 食糧不足も深刻と国連報告
 

【ニューヨーク共同】国連の潘基文事務総長は4日、北朝鮮の人権状況に関する年次報告書を公表した。国連総会に提出したもので、2回目の核実験などで北朝鮮が国際的に孤立する中、国民への人権侵害が悪化していると指摘。国際支援の拒否などにより食糧不足も深刻さを増しており、約870万人が飢餓に直面しているとした。

 報告書は北朝鮮政府に食糧支援の受け入れ再開を強く求めたほか、国際社会にも協力を要請。食糧問題の深刻さは国連食糧農業機関(FAO)などが再三警告してきたが、事務総長報告が詳しく取り上げるのは異例で、状況が急速に悪化しているとみられる。

 報告書によると、2008年後半から09年半ばまでの人権状況は「全体的に悪化」。核問題をめぐる6カ国協議の停滞、核実験に伴う国連制裁などで政治・経済的に国民への締め付けが強まり、国民を飢餓に陥れるなどの人権侵害行為が「底知れぬひどさ」で続いていると指摘している。

 食糧問題では06、07年の洪水で北朝鮮当局にも危機感が生まれ、08年10月には国連機関の現地調査を認めるなど支援受け入れに前向きとなったが、09年には一転して米国の支援を全面拒否するなど「絶望的」状態に。国民は極端な食糧不足に苦しんでいるとしている。

 また北朝鮮を脱出後、強制送還された国民への処罰のほか、公開処刑や拷問などの人権侵害行為をやめるよう求めた。

         2009/09/05 09:22 【共同通信】
 
 これとは別に国連人権理事会の
「報告書は、北朝鮮政府だけでなく国際社会にも対応を求め、特に国連安全保障理事会に対して北朝鮮国民保護のための措置を講じるよう求めた。」とも報道されています。 
 出典http://mainichi.jp/select/world/news/20090906k0000m030044000c.html


飢餓と拷問に苦しむ人々を国際社会は今のところ見捨てているのです。安保理事会に対し「北朝鮮国民保護のための措置」をとれとまで言っています。

 60年代に「地上の楽園」とだまされて北朝鮮に渡った在日コリアンと日本人配偶者の命運は特に深刻です。

 自民党政府は彼らのことを知りながら何の手を打つこともありませんでした。

「東アジア共同体」の創出を掲げる民主党政権はどうするつもりでしょうか。

 マニフェストを読んでも何の方針も示されていません。こんなことでいいのでしょうか。このブログを読んでくださる皆さんはどう考えておられますか。

 北朝鮮核実験に抗議する市民有志の声明http://blog.goo.ne.jp/keisukelap/e/22980a42c330be66b344cbeb9e290107

桶川の泉福寺

2009-09-04 20:46:25 | 川越・近郊
ふるさとの湯に連れて行ってもらう前に桶川の泉福寺に寄ることにしました。荒川の河岸段丘の上に伽藍が広がっています。ここは昔、桶川市川田谷の元同僚のOさんの家を訪ねたとき初めて知ったところですが天台宗の大学のようなところだったようです。

 案内板にはこうあります。

 泉福寺
 所在地 桶川市大字川田谷
この寺は、東叡山勅願院円頓房泉福寺と号し、比叡山延暦寺を総本山とする天台宗の別格寺院である。東叡山とは関東の比叡山という意味で、天皇の勅願所であると共に、学僧の養成道場としての学山である。
その開祖は遠く、平安時代にさかのぼり、天長6年(829年)、淳名天皇の勅願によって、慈覚大師円仁が開山したものである。大師は自らの手で薬師如来、地蔵菩薩、阿弥陀如来の三体の仏像を刻まれ、本尊として祀り、疫病除災等の祈願をされたと伝えられている。草創当時は広大な境内に堂塔伽藍が立ち並び、多くの塔頭を擁し、盛況の中にあったが、源平の乱に於いて戦火を被り、全てを焼失したと言う。
その後、鎌倉時代の文暦元年(1234)比叡山より信尊上人が来院され、河田谷殿の庇護のもと四人の弟子と共に復興に努力され、中興を成しとげた。
その弟子の一人尊海は、川越の喜多院、中院等を次々と復興すると共に、法脈からは多くの英才が輩出し、ここに関東談林が開花し、関東天台の台頭へと発展する。
このことにより当山が関東天台の祖山といわれるものである。
しかし、戦国時代の争乱の中で度重なる火難を受け、堂塔伽藍を焼失した。
江戸時代に至り、勅願寺の故を以って幕府の庇護を辞退する中にも、その由緒により、御朱印地五十石の内の五石と、不入地四万坪のみを拝領するところとなり、堂塔も次第に整備され、宝暦2年(1752)には、山門、鐘楼を除き殆ど完成されるに至った。現在の建物は大体この時代のものである。
なお、当山には、国指定重要文化財の阿弥陀如来坐像(弘長2年・1262・銘)を始めとし、石の仁王像、雨乞いの龍など貴重な文化財が伝えられている。
昭和61年3月
埼玉県
桶川市

 川越周辺の寺を訪ねていると「東叡山」という山号によく出会うような気がします。こんな田舎になぜと思うほど立派な伽藍がそびえています。上野の寛永寺、川越の喜多院などとともに徳川さんと縁が深かったのでしょう。
 
 辺鄙なところにあるせいか、人影は少なく、雰囲気のいいところです。目の前が桶川飛行場になっています。仁王像が石造りで武骨なのが面白い。

  泉福寺http://www.geocities.jp/oosa_m2/senpukuji.htm


 北本の自然観察公園に足を延ばして散歩。

http://www.saitama-shizen.info/

 数年ぶりに訪ねたのですが人員不足か園内が荒れてきたように感じました。池には葦(よし)が生え放題で水面が見えません。

 昼食をとると眠気が襲ってきて温泉にいく気力はなく、早々に帰宅して昼ね。今日はどうも元気の出ない一日でした。

 インフルエンザが蔓延しているため秋の移動教室を無期限延期にしたことが響いているのでしょうか。はたまた天候のせいか?こういう日は横になるに限ります。いくらでも寝られます。

 

 

『扉をたたく人』

2009-09-03 20:39:09 | 映画  音楽 美術など
 「月」が死して虱(しらみ)を残してくれたため、妻が家中をバルサンで燻蒸することになりました。この2,3日かゆくてたまらなかったのです。弱ったネコの体に虱がわいたのだろうといいます。

 燻蒸中は家に居れないので妻に誘われてスカラ座に映画を見に行くことにしました。先日の『ミルク』と同じく朝、10時半からです。

 心に残るいい映画でした。

   『扉をたたく人』

映画館でもらったビラにはこうあります。

 01年9月11日に起きたテロ以降、アメリカは移民希望者や不法滞在者に対して厳しい措置をとるようになった。不寛容な空気が増し、その扉は硬く閉ざされて閉まったかのようだ。冒頭のシーンでの頑ななウォルターはその象徴に見える。
 しかし、彼は文化も年齢も職業も異なる人たちとの出会いによって、奥底に眠っていた人間らしさを取り戻し、再び生きる意味を見出す。それは、彼の心の扉をたたく他者からの思いやりであり、たたかれた扉を開くほんの少しの勇気だった。これこそが人と人をつなぎ、人生の扉を開く鍵なのだということをこの映画は私たちに思い出させてくれる。

 
 そのとおりだと思う。この「ほんの少しの勇気」が私たちの人生を限りなく豊かにする。

  ストーリーなどはこのHPをご覧ください。

 http://www.tobira-movie.jp/

 僕は数年前、退去強制処分を受けた昔の生徒・杜くんを東京入管に訪ね金網越しに面会した時のことを思い出していました。あたりに響く大きな声でやり取りしました。ほとんど通じない言葉です。10年ぶりに会う喜びと悔しいことだがいったん国法に従い、他日再来日する道を選ぼうと伝えました。心と心が響きあったような気がしました。
 彼は再来日を果たすことができ、今は平穏な市民生活を送っています。でも、僕も当時、この主人公と同じように、なぜ、善良な市民をちょっとしたミスで生じた「不法滞在」で長期に亘って警察や入管に閉じ込め、挙句の果てに強制退去させるのか、心の底で叫んだものです。

 この映画は移民社会アメリカの厳しい現実を描いてはいますが、そんな社会で生きる移民たちの他者を思いやる暖かさがアチコチに垣間見られて心地よい感動を与えてくれます。

 主人公も偶然のことながらこれらの人々と出会って人として蘇っていく喜びを体感します。ジャンベ(アフリカン・ドラム)をたたく人々の一員となる主人公の喜びの表情を見ていると、僕もああいう風にできるかもしれないな、と、励ましを受けたような気がします。

 この映画を見た方のブログがあります。時間がある方は参考になさってください。
  http://sorette.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-82d8.html

僕の2票

2009-09-02 15:38:07 | 政治・社会
 民主党の大勝に終わった衆議院選挙を受けて、連立政権作りの動きが始まりました。強力な体勢を作って 明治政府以来の大掃除をやり、選挙公約を着実に実現してほしいものです。

 今回の総選挙での僕の2票の行き先です。

 ①小選挙区(埼玉7区) 小宮山泰子さん(民主党)

 ②比例区(北関東) 新党日本

 
 ①は自公政権に鉄槌を下し、民主党に大勝してもらって安定政権を作り、思い切った改革をやってほしいからです。僕のように思った人が多いのか小宮山さんは圧勝し、埼玉県では自民党の議席はゼロとなりました。ともかくよかった。

 ②新党日本のマニフェストが僕の考えに一番近いと考えたからです。田中康夫さんが長野県知事時代から実践してきた「緑のダム」構想などはもちろんのこと、自衛隊を「国際救援隊」に改組する提案を特に支持します。
 北関東比例区で当選者を出す見込みはありませんが新党日本の主張を支持する人がいることを示したかったのです。
 有田芳生さん(東京11区)が僅差で負けたのはまことに残念。田中さん(兵庫8区)が僅差だとはいえ、公明党の重鎮・冬柴さんを破ったのは胸のすくような快挙。この方が震災後のボランティアを初め身をもってやってきたことが尼崎の人々の共感を得たのでしょう。民主党政権下で大いにその影響力を行使してもらいたいものです。



 以下は今回の総選挙の結果について僕が感じていることです。

 負けたのは自民党だけではありません。公明党も社民党も同じようなものです。これらの党はなぜ負けたのかをしっかり究明し、自覚しなければ未来はありません。
 
 社民党について。
 
 僕は子供のときから社会党のファンでした。近年まで選挙の時にはその後身・社民党に投票してきました。今はそれはやめましたがこの党にまともになってほしいという思いがあります。非戦非武装の憲法の理念を体現した政党であったからです。今でも僕はこの理念を大切にしなければならないと考えています。
 今回社民党は民主党の推薦を受けてまるで民主党の候補かと思われるような選挙戦を各地でやりました。しかし、社民党の候補は大阪の辻元さんなどをのぞいて小選挙区で勝利することはできなかったのです。比例区全体でも得票を減らし、即席の「みんなの党」よりも下位となる有様です。投票率があがる中で得票が減ったのですから深刻です。

 福島党首の振る舞いを見ていると敗軍の将としての自覚がまるで感じられません。解散前の7議席を維持できたから良しとしているのでしょうか。
 
 特に東京8区の保坂展人さんの落選は深刻です。相手は石原信晃さんで仕方がなかったでは済まされません。都議選では反自公の票が相手を圧倒しています。民主党の全面的な支援も受けました。候補者の政治家としての日常活動が誠実無比であることも周知のことです。それでも負けたのです。こんな圧倒的に有利な状況でも勝てなかったのです。(前回は自民党の圧勝のおかげで棚ボタ式に比例区で議席を得ることができたのですが今回は比例の復活もありません)。

 社民党がこの事実をどう「総括」するのか、注視しています。

 僕の考えでは「憲法擁護、9条守れ」というだけで現実の脅威に何一つ具体的な行動を提起できないからだと思います。「餓死・拉致・核」の北朝鮮独裁政権、「民族浄化、民主化弾圧」の中国独裁政権に対する認識が甘いのです。かつて土井元党首が拉致問題への対応を問われて落選した事実さえきちんと生かされていないのです。非戦・非武装の憲法を持つ国民として現実の脅威にどう対応するかを提示する意欲も能力もないのかと思ってしまいます。自民党支持から離れていく民心が社民党には向かっていかないのはここに根本的な原因があると僕は思っています。
 

智光山公園

2009-09-01 21:05:03 | 川越・近郊
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 毎日多くの方に覗いていただいてありがとうございます。めずらしく300人台になった日がありました。
 何か感想などあれば遠慮なくコメントしてください。

 台風一過、今朝は気持ちのいい夏空が戻ってきました。10時半ごろに家を出て狭山市の智光山公園に行くことにしました。入間川沿いの自転車道をいくと柏原団地付近にはもう彼岸花が咲き始めています。ところどころにコスモスも。秋が忍び寄ってきているのでしょうか。

 狭山の広瀬橋から丘陵を登り昼ごろに公園に着きました。昼食のあと広い園内を歩き回りました。
 風通しのよい桜の木陰に立派なカメラを備え付けている人の一団がありました。前期高齢者が多いようですが壮年らしき人もいます。「ツツ鳥」が来るのを待っているのだといいます。
 沼のそばに行くとさらに多い人がカメラを備え付けてのんびりしています。こちらは「かわせみ」のこどもの撮影だそうです。沼のはずれに来たときに確かにかわせみが一羽飛来するのを見ました。鮮やかな翠(みどり)の羽です。
 同年輩のカメラマンが教えてくれました。かわせみは生まれて一週間で親鳥から自立させられ、自分の力で生きるのだと。

 管理棟の近くに大きなコナラがそびえており、周りにベンチがあります。ここで仰向けに寝てしばしまどろみました。

 時々、戦闘機が爆音を撒き散らして飛来しますが、この智光山公園は川越・入間地方でもっとも自然の姿を残した広大で変化にとんだ公園です。

 久しぶりに汗をかいて心地よい疲れを感じました。