2002年の出来事を2003年に
書いた。その記事を再掲する。
元京大ブント叛旗派の先輩が
都内で一緒に飲みたいと私に
言って来て飲んだ時の話だ。
後日、いろいろ話をまたした
時、私が「三上さん神津さんの
叛旗派てのは、私はブントの中
の良心を保っていた派だったと
思う」「あなたは何てブント的
なんだと感じ入りました」と
言った。
すると、先輩は「いや、君のほう
こそブントの中のブント、まさに
ブント的だと強くひしひしと感じ
たよ」と言っていた。
以下の記事は、その初めて一緒に
飲んだ時の事を綴ったものだ。
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半年前のことだ。
新宿の行きつけの店で、友人と
二人で男同士鍋をつついて話を
していた。
まあ、色気のないことこの上ない
が、話す内容も実は色気は全く
無かった。
にも拘わらず、話題は多岐に亘り、
中身も濃く、とても僕にとっては
魅惑的な時間だった。
それは、その年上の友人の人を
惹きつける話術によるところも
大なのであるが、話す「ことば」
を通して、その友人の知性と感性
と人柄と今まで生きてきたひとり
の男の思想がひしひしと僕に伝わ
ったからだ。
そして、その飾らないことばの
渦で僕の右脳と左脳をがんがん
貫いて翻弄した友人は、音楽の
話になったら急に自分に懐疑的
になった。
聞くと「僕は音痴なんだ」という。
「音階をたどれない」という。
はた、と僕は考え込んでしまった。
「音痴ってなんだろう」と。
一定の「枠」を設けることで保た
れている世の中のあらゆる秩序、
それのもたらす人間疎外について
二人で解きほぐしていたそれまで
の話題の流れからいくと、「音痴
なんだ」で躊躇することのその
不条理に僕の方がとまどってしまっ
た。
僕は、はたとその時思った。音律
は戒律である、と。
この知の具現者である彼をも縛る
戒律である、と。
一定の西洋音階から外れたものが
「音痴」であるとされるならば、
まさにその秩序を外れたものは
その疎外の対象とされてしまう
のか。
しかし、である。考えてみよう。
アフリカンをルーツにもつJAZZ
の音階などはどうだろうか。
「一般的」音楽論では、人間は
長調によって心の安寧感を得て、
短調によってブルーな心象をもつ
とされる。
そして、JAZZの音階は5つくらい
あるアフリカの現地音階の影響を
受けて、3度と7度の長音が半音
からクォーターの間ほど下がる。
これにより、長音に近づきたいと
の無意識の作用が脳に働き、独特
の緊張感を醸し出す。いわゆる
ブルーノートだ。
バップの頃には更に5度の長音
も下がる。
音階は西洋式音階で固定的に規定
することなく、「ずれた」とき、
それは未知の存在の発見が潜んで
いるのではないか。くだらない
「一般常識」から「ずれる」こと
で、新しい世界が広がるのでは
ないか。
音階だけでなく、固定観念での
「律」としてくくることからくる
安寧だけが、人が人らしい生を
感じる棲家ではないはずだ、と
僕は思索する。
ブルーノートは、3度7度が
長音に近づかないことで存在
するのだ。
今世紀の初頭、都内に本社会議で
出た時に、元早大ブント戦旗派
(日向)で今教師やってる奴と、
元ブントの元軍派(連合前)で
今進学塾の講師をやってる奴の
3人で新宿で痛飲した。
その時、ゴールデン街のある店に
行って昔話をボソボソとしながら
カウンターで横並びに飲んでいた。
そして私が肘をカウンターについて
ウイスキーグラスを傾けながら言った。
「考えたらML派(元ブント)って
気持ち悪かったよね。だって毛沢東
語録をみんな持っててそれ掲げて
たりするんだぜ。カルトかよ」
と。
「いえてんな、それ」と二人は頷いて
いたが、その時フロアの奥のボックス
席の集団の一人が立ち上がって叫んだ。
「MLのどこが気持ち悪いんだ!おい!」
と。
すると、次には別な一番奥のボックス
席の人間が「そうだ、そうだ!何が
悪い!」と立ち上がって声を張り上げた。
おいおい、ここはML派の根城なのかよ
とも思ったが、「あ、さ~せん。別に
他意は無いので、どうぞ平に、平に」
と私がカウンターからフロアに振り
向いて立って言って、どうにか静まった。
久々に党派闘争のゲバかなとも思った
が、ひでーのは同行の二人(歳はかなり
上)は終始クックックと笑いを堪えて
黙って成り行きを見てるだけ。
無論ゲバ開始となったら彼らが最先頭
で鉄拳振るうのだろうけどさ。先公
稼業なんてのは夜のゴールデン街では
関係ない。
新宿ゴールデン街、キワモノが巣くう
魔のエリアです。
あちこちで議論口論殴り合いが起きて
いる。
「お前ら、静かにしろ!」とカウンター
奥で一喝する声がしたのでその声の
主を見たら松田優作だったりとかさ。
陳さんの店で。いやまじで。
いやぁ、お酒というのはおとなしく
しょぼく飲むのが丸く収まっていい
すね(笑)。
すんげしょっぱい酒になりそうだけど。
おいらは80年代~90年代には揉めに
揉めて出禁の店がゴールデン街では
何軒かあったけど、さすがに今世紀
に入ってからは丸くなってさ(笑)。
出禁の店はママさんがそのうち解除
してくれて、「もう。揉め事はよし
とくれよ。はい玉子焼き」てな感じ
で受け容れてくれてた。
かつてはいっつもその現場で私を
止めて場を丸く収めるのは元軍派
の年上の法律事務所の職場の先輩。
ある映画では彼の役の配役でめちゃ
イケメン俳優が演じてたけど、現実
の本人はチャゲアスのチャゲみたい
な感じ。
新宿ゴールデン街はリベラル文化人
が大好きな戦後のバラックが今でも
残存する新宿区役所と花園神社の間
の飲食街区だ。
劇画『キリン』で、MC結成を宣言
したシーンで飲んでいたモヒカン
が若かった時に出てきたゴールデン
街の角のおでんの店は、私は常連
だった。おでん美味し。
ママが一人で割烹着着てやってた。
一度、東北出身のヤ組の者が背中に
ドス飲んでいたのを現認したので、
ママさん(山形出身)に知らせて
気を付けてもらった事がある。
そこのおでんの店でもある夜は早大
ブントだった元軍派の68年防衛庁
丸太抱えて突入班の指揮者の先輩
と大喧嘩よ(笑)。
「表に出ろ!」と言われて、表に
出た。大先輩とどつき合いかと
思ったが、またもや職場の先輩
(てか同僚)が俺ら二人の間に
入ってなだめた。
最後には店の外でハグしあって
和解した。
事の発端は飲みながら「ミサイルも
戦艦も戦闘機も航空支援も無く、
軍用小銃さえも無しで革命戦争?
散弾銃とライフルと手製爆弾で
戦争?百名の抜刀隊で国会議事堂
占拠?はあ?テンから軍事なめて
たんすか?」と私が言ったからだ。
そらぶち切れて怒るわな。
しかし、私は真実を口にした。
そんな装備や組織では世界革命戦争
どころか戊辰戦争さえ戦えない。
真実を告げられてキレて怒るのは
心得違いだ。
赤軍派だろうが何派だろうが、
間違っている事は間違っている。
軍事戦闘や本物の戦争は、たとえ
局地戦であれ、情念や理想や夢想
だけでは天と地がひっくり返って
も完遂できない。
私は「もっと更にどの派よりも
過激でさえあれば良い」という
脳内夢想体質を有していた新左翼
の悪しき傾向の頂点だった部分に、
本当の頂点は本当の戦争を知悉
することだ、と言いたかったのだ。
そのあたりの分析力の稚拙未熟
未達さを指摘したあたりから話が
ややこしくなりこじれた。
多分、ブント赤軍派はかつては
過激、ラジカルの頂点だと自認
していたから私に立腹したのだろう。
しかし、かつての「僕たちの失敗」
の世代が夢想した過激の極めと
自認したであろういう点では、
本物の頂点というものは違う。
赤軍派よりも真に過激な構想は、
国軍を割り、外患誘致までをも
射程に入れた国際支援軍の後方
支援と包囲網も形成して内戦を
起こすことだ。内乱ではない。
内戦だ。
それは爆弾で機動隊を爆砕したり
射殺したり、企業の建物を労働者
ごと爆破する事ではない。
と私が言ったところでそれまでの
会話の合意性が崩れて意見が分か
れた。軍事認識の稚拙さにおいて
の共産同赤軍派の過激な幼稚さ、
稚拙さの過激性が何ら総括されて
いない事に私のほうが腹立たしく
思っていたからだ。
そして、その軍事認識の稚拙さや
情弱性や方針の致命的欠缺につい
て私が指摘したらキレられた。
そうした黒白の核心に時代性は無い。
軍事の論理は常に万国不朽性を有
している。
だからこそ、世界各国の軍隊は
過去の戦争を徹底的に研究して
いる。
幕末の日本の内戦、戊辰戦争と
いう東西戦争は、あれは一見、
武士同士が戦争をしたように見え
るが、内実は外患誘致なのだから。
武器支援含めて。戦後に日本を
列強に取り込みたい強国の思惑
を軍事顧問派遣という形で外国が
実行支援した日本の内戦だ。
だが、内政干渉とはさせない事
には「軍事上」は日本人は成功
した。後年のソ連の奴隷衛星国
でありながら「連邦」を偽装する
ようなコモンウェルスにはなら
なかった。
列強の思惑通り、戦後には勝った
側は「官軍」と称して権力を掌握
し、戊辰の東西内戦を「維新」と
称して「正義」とした。幕末に
討幕派が言っていた「攘夷」など
はどこ吹く風で掌返しで西軍の
新政府はしらばっくれた。天皇を
神輿に担いで利用しながら。
暗殺により「新天皇」さえ創り出
して体制の枠を創作した。
その時の国家権力が明治大正昭和
平成と続いていた。
蓋を開けると関ヶ原の再演を幕末
にやっていただけの事だ。
真実の定理は、内戦によって権力
は掌握される。この定理から外れ
た先進国は存在しない。
外患誘致では死刑のみしか設定
がない刑罰だが、維新なり革命後
に権力を掌握すれば既存刑法の
死刑規定は無効になる。
しかし、外患誘致は外国の権力に
より国内権力が簒奪されるおそれ
があり、そこが一番の問題だ。
だが、戊辰戦争の東西内戦では
フランスの支援を受けた東軍も
イギリスの支援を受けた西軍も
内実的外患誘致を実行しながらも
独立自主権は列強には剥奪させ
なかった。
そこに日本の革命のよい典型的な
お手本があった。
諸条件は異なるが、昭和戦後時代
でもいろいろ学ぶべきところは
あったはずだ。昭和維新にしろ
日本革命にしろ。
新宿ゴールデン街。
まるで大阪西成の空気のような場所。
ある店のマスターはゴールデン街人
では有名な男だったが、飲むと子ども
になっちまう。お姉さんが鎌倉から
通って手伝っていた店だが、その店
に私は一番行った。
ある晩(というか朝)、マスターは
酔ってしまい、私がおぶって近所の
マスターのぼろっちいアパートまで
連れて行った。
実姉さん(私はおねえさん、と呼んで
いた)もその時はついて来て、介抱
していた。
しょーがねえなぁ、マスターは。
でも、ある日病気で突然死んじまった。
ハーモニカが巧い人だった。














昔、大菩薩峠の現地調査で登山しに






