
ポケットビリヤードについて
なんですけどね。
アメリカのビリヤードは、最初
イギリス調で赤白玉をポケット
台に落とすゲームだった。
それが15個のカラーボールに
19世紀末期に発展した。
メイスというオールのような
道具の柄の部分で突っつく事が
流行り出して、やがてオールの
ヒレ部分が無くなって棒だけに
なった。それがキューの登場。
1860年頃にはメイスよりもキュー
のほうが人気が出た、というよう
な記録がアメリカに残っている。
アメリカンポケットは最初は
ローテーション種目が競技され
ていた。
それと隠し玉のケリープールの
バクチ玉。
そして、1900年代に入ってから
ストレートプールやエイトボール
の種目が発明された。
ストレートプールはポケットビリ
ヤードの王様と呼ばれるが、登場
は存外遅くて、今から100年程前
のシカゴあたりだった。
この14.1(フォーティーンワン)
ラックコンティニュアス=ストレ
ートプールという種目は選手権
大会なども開かれてポッケの主
競技となった。同時期に発生した
エイトボールやナインボールは
どちらかというと「遊びの賭け玉」
という位置にあった。
1960年代初頭までは全米では
ストレートプール=プールの代名
詞だった。
1961年公開の超名作映画『ザ・
ハスラー』ではこのストレート
プールが競技種目だった。
だが、テレビが普及してから事情
が変わった。
14.1ラックは一人のワンプレーが
長すぎるのだ。視覚的に興行性が
高いとはいえない。
そこで、テレビ放送向けに急遽
注目されたのがスピードゲームで
あるナインボールだった。
9個のボールだけを使い、9番を
点玉として決めたラック数を
取り合う競技。
1ラックはマスワリ=ブレイクラン
アウトすれば早ければ1分台、遅く
とも7分もあれば1マスが終わる。
どんどん次の場面になるので、
これはテレビ放送や観客興行的に
はぴったりのゲームだった。
1986年公開の映画『カラー・オブ・
マネー』ではこのナインボール
のみが行なわれた。1961年の前作
では場末の玉屋でナインボールの
5-9ゲームもしょぼい掛け金の賭け
玉で行なわれていたが、25年後
にはナインボールオンリーだ。
実際に世界大会などもナインボール
が主体となっていた時代だった。
日本での1987年に始まる戦後の
第二次ビリヤードブームでも、
ビリヤードといえばナインボール
という位にナインボールの種目が
主流となって行った。
ところが、ナインボールだとマス
ワリが出過ぎてワンサイドになり
やすい欠点がある。
そこでどんどんルールが改正され
てきた。1987年からでも数えきれ
ないほどのルール改正だ。
結局、マスワリが出にくいテンボー
ルが現在のトーナメントの主流と
なった。すべてコールショットで
フロックも認めない、という種目。
ところが、そのテンボールでさえ、
現代ではマスワリ量産時代に入っ
て来た。
一人稽古していてふと思いついた
んですけどね。
あくまで自分の練習課題として
やっていて。
ボールを15個使って、15番を点玉
とするフィフティーンボールに
したら、マスワリ率も下がって
交代回数も増えるし、途中経過の
スリリングなテクニックの応酬も
見られて楽しいのではなかろうか、
と。
なぜこれまでアメリカンポケット
では15個全部を番号順に落として
最後の15番のみ点玉とする種目が
存在しなかったのか不思議だ。
エイトボールは8番のみが点玉だ
し、ローテーションは15個のボール
が平等ではなく点数は番号がその
まま点数となっていて持ち点に
先に達した者が勝ちというゲーム
だ。
だが、ナインボールと同じ形式で
テンボールがあるならば、いっそ
フィフティーンにしたら、点玉
までにたどり着く途中の台上は
大渋滞なので、ナインボールや
テンボールなどの単純ゲームとは
異なって、まるであたかも14.1
ラックのような正確で繊細で高度
なテクニックが選手には要求され
る事になる。
15個のボールを全部取り切りマス
ワリをするのも、これまたナイン
ボールやテンボールのブレイク
ランナウトよりもずっと困難だし
貴重だ。
簡単な事よりも困難な事のほうが
スポーツにおいては価値がある。
体操競技やフィギュアスケート
なんてまさにそれだよね。
どんどん難易度が高い事を選手が
実現させる事が競技の主体となって
いる。
それはある意味、スポーツの本質、
人間の能力の限界への挑戦として
位置づいている。
対戦競技においてもそれが主軸に
あると思える。
野球でも投手が150km/hオーバー
の球を投げるのは松坂大輔がデビュー
当時には驚異的だった。
なんですけどね。
アメリカのビリヤードは、最初
イギリス調で赤白玉をポケット
台に落とすゲームだった。
それが15個のカラーボールに
19世紀末期に発展した。
メイスというオールのような
道具の柄の部分で突っつく事が
流行り出して、やがてオールの
ヒレ部分が無くなって棒だけに
なった。それがキューの登場。
1860年頃にはメイスよりもキュー
のほうが人気が出た、というよう
な記録がアメリカに残っている。
アメリカンポケットは最初は
ローテーション種目が競技され
ていた。
それと隠し玉のケリープールの
バクチ玉。
そして、1900年代に入ってから
ストレートプールやエイトボール
の種目が発明された。
ストレートプールはポケットビリ
ヤードの王様と呼ばれるが、登場
は存外遅くて、今から100年程前
のシカゴあたりだった。
この14.1(フォーティーンワン)
ラックコンティニュアス=ストレ
ートプールという種目は選手権
大会なども開かれてポッケの主
競技となった。同時期に発生した
エイトボールやナインボールは
どちらかというと「遊びの賭け玉」
という位置にあった。
1960年代初頭までは全米では
ストレートプール=プールの代名
詞だった。
1961年公開の超名作映画『ザ・
ハスラー』ではこのストレート
プールが競技種目だった。
だが、テレビが普及してから事情
が変わった。
14.1ラックは一人のワンプレーが
長すぎるのだ。視覚的に興行性が
高いとはいえない。
そこで、テレビ放送向けに急遽
注目されたのがスピードゲームで
あるナインボールだった。
9個のボールだけを使い、9番を
点玉として決めたラック数を
取り合う競技。
1ラックはマスワリ=ブレイクラン
アウトすれば早ければ1分台、遅く
とも7分もあれば1マスが終わる。
どんどん次の場面になるので、
これはテレビ放送や観客興行的に
はぴったりのゲームだった。
1986年公開の映画『カラー・オブ・
マネー』ではこのナインボール
のみが行なわれた。1961年の前作
では場末の玉屋でナインボールの
5-9ゲームもしょぼい掛け金の賭け
玉で行なわれていたが、25年後
にはナインボールオンリーだ。
実際に世界大会などもナインボール
が主体となっていた時代だった。
日本での1987年に始まる戦後の
第二次ビリヤードブームでも、
ビリヤードといえばナインボール
という位にナインボールの種目が
主流となって行った。
ところが、ナインボールだとマス
ワリが出過ぎてワンサイドになり
やすい欠点がある。
そこでどんどんルールが改正され
てきた。1987年からでも数えきれ
ないほどのルール改正だ。
結局、マスワリが出にくいテンボー
ルが現在のトーナメントの主流と
なった。すべてコールショットで
フロックも認めない、という種目。
ところが、そのテンボールでさえ、
現代ではマスワリ量産時代に入っ
て来た。
一人稽古していてふと思いついた
んですけどね。
あくまで自分の練習課題として
やっていて。
ボールを15個使って、15番を点玉
とするフィフティーンボールに
したら、マスワリ率も下がって
交代回数も増えるし、途中経過の
スリリングなテクニックの応酬も
見られて楽しいのではなかろうか、
と。
なぜこれまでアメリカンポケット
では15個全部を番号順に落として
最後の15番のみ点玉とする種目が
存在しなかったのか不思議だ。
エイトボールは8番のみが点玉だ
し、ローテーションは15個のボール
が平等ではなく点数は番号がその
まま点数となっていて持ち点に
先に達した者が勝ちというゲーム
だ。
だが、ナインボールと同じ形式で
テンボールがあるならば、いっそ
フィフティーンにしたら、点玉
までにたどり着く途中の台上は
大渋滞なので、ナインボールや
テンボールなどの単純ゲームとは
異なって、まるであたかも14.1
ラックのような正確で繊細で高度
なテクニックが選手には要求され
る事になる。
15個のボールを全部取り切りマス
ワリをするのも、これまたナイン
ボールやテンボールのブレイク
ランナウトよりもずっと困難だし
貴重だ。
簡単な事よりも困難な事のほうが
スポーツにおいては価値がある。
体操競技やフィギュアスケート
なんてまさにそれだよね。
どんどん難易度が高い事を選手が
実現させる事が競技の主体となって
いる。
それはある意味、スポーツの本質、
人間の能力の限界への挑戦として
位置づいている。
対戦競技においてもそれが主軸に
あると思える。
野球でも投手が150km/hオーバー
の球を投げるのは松坂大輔がデビュー
当時には驚異的だった。
それが松坂はデビュー戦で155km/h
を出して三振を取った。スーパー
スターのウルトラプレー。
そうしたものがスポーツには絶対
に必要だと感じる。
今では野球の投手は時速170キロに
達するところまで来ている。
フィギュアでも四回転がトップ
選手の常識になってきた。
ポケットビリヤードも、テンボール
がありきたりの展開で飽和状態で
あるならば、フィフティーンボール
にすれば究極かと思う。
中国が英国式を参考に考案した超
難易度が高いチャイニーズエイト
などは、そうした「スポーツの限
界性」への挑戦という目的意識
に依拠したものだと思われる。
フィフティーンボールが正式種目
にならないかなぁ・・・。
15番のストライプの色が地味だっ
たら15番だけ金色にして金玉に
するとかしてさ(笑)
まさに金的、という感じで(笑)
トップ画像は、私が考えたフィフ
ティーンボール競技の並べ方です。
番号順に全部落としを狙うので、
ボウラードよりも難易度が格段に
上がります。
ボウラードは慣れれば230点アップ
は恒常的に出るので、さらに難易度
を求めるゲームとして考えました。
これはエフレン・レイズさんの
エピソードにヒントを得ました。
彼は日本のプロ試験のボウラード
(90年代当時)をいくらやっても
160点位しか出なかった。
「日本のプロってこんなゲームで
200点以上を3回出さないとプロに
なれないなんて、皆さん凄い実力
なんだねえ」と言っていた。
でもエフレンはルールを間違って
いて、番号順に全部落としていた
のよね。
どの玉から入れてもいいという
本当のルールを知って「なんだぁ」
と笑いながらやったら何度やって
も300点満点(笑)。
そのエフレンの実話のエピソード
から思いついたのがフィフティーン
ボールです。
私は結構昔から一人稽古ではやって
いた。
を出して三振を取った。スーパー
スターのウルトラプレー。
そうしたものがスポーツには絶対
に必要だと感じる。
今では野球の投手は時速170キロに
達するところまで来ている。
フィギュアでも四回転がトップ
選手の常識になってきた。
ポケットビリヤードも、テンボール
がありきたりの展開で飽和状態で
あるならば、フィフティーンボール
にすれば究極かと思う。
中国が英国式を参考に考案した超
難易度が高いチャイニーズエイト
などは、そうした「スポーツの限
界性」への挑戦という目的意識
に依拠したものだと思われる。
フィフティーンボールが正式種目
にならないかなぁ・・・。
15番のストライプの色が地味だっ
たら15番だけ金色にして金玉に
するとかしてさ(笑)
まさに金的、という感じで(笑)
トップ画像は、私が考えたフィフ
ティーンボール競技の並べ方です。
番号順に全部落としを狙うので、
ボウラードよりも難易度が格段に
上がります。
ボウラードは慣れれば230点アップ
は恒常的に出るので、さらに難易度
を求めるゲームとして考えました。
これはエフレン・レイズさんの
エピソードにヒントを得ました。
彼は日本のプロ試験のボウラード
(90年代当時)をいくらやっても
160点位しか出なかった。
「日本のプロってこんなゲームで
200点以上を3回出さないとプロに
なれないなんて、皆さん凄い実力
なんだねえ」と言っていた。
でもエフレンはルールを間違って
いて、番号順に全部落としていた
のよね。
どの玉から入れてもいいという
本当のルールを知って「なんだぁ」
と笑いながらやったら何度やって
も300点満点(笑)。
そのエフレンの実話のエピソード
から思いついたのがフィフティーン
ボールです。
私は結構昔から一人稽古ではやって
いた。