はのーならん。でーらすげーん
だでやー。
淡路島に行きてえ~。
以前仕事で淡路島には年に数度
行ってたけど、淡路はいいよぉ。
夏もいいけど春がいいね。
タマネギがうっそみたいにウマい。
おっ玉葱
淡路では仕事の取引先の人とは
個人的にも昵懇になり、自宅に
泊めてもらったりもした。
淡路の人たちとても暖かい。
嫌~な感じを思った事が一つも
ない。
淡路はいいぞ~。
オノコロ島。
日本神話では、世の中の最初に
造られた島だ。
以前は鳴門大橋しかなかったが、
今は高速道路が繋がり、神戸から
も徳島からも高速道で一本だ。
自然が雄大、淡路島。
淡路島はとても心が穏やかになる
不思議な島だ。
以前、島内にあったビリヤード場
は3軒行った。
以前は洲本市の店の店員さんは
TADを使っていた。感じいい店員
さん。
南あわじの畑と住宅街の中にある
ビリヤード場はローカル色濃くて
とてもよかった。
仕事等でも地元の人と深く接した
が、いい土地だなぁと私は感じた。
淡路、いいとこ。
淡路島の藩は、淡路に独自の藩が
あったが後廃藩。江戸初期に
阿波蜂須賀家が派遣した稲田家
が城代として統治した。戊辰
戦争ではには維新軍に参加した
のに稲田家家臣団は薩長新政府
からは排除され、北海道の開拓
団として北の零の土地に飛ばさ
れた。極寒の何もない地だ。
それはシベリア飛ばしのような
明治政府の措置だった。
稲田の武士たちは、それはもう
筆舌に尽くせぬ苦労をした。
その歴史は『北の零年』に克明
に描かれている。
淡路は阿波蜂須賀藩からの分藩
運動を公然とやっていた。
それは江戸期から阿波本藩と
淡路の武士たちの対立が絶え
なかったからだ。
古い確執あり。
そのため、維新後には徳島県
から名東県(旧讃岐国、阿波
国、淡路国)となり、さらに
一時期は高知県にされた。
明治3年には庚午事変という
蜂須賀家家中による稲田家家中
武装襲撃という事件も起きた。
(庚午事変)
そしてもめにもめた後、淡路島
全域は兵庫県に編入された。
今淡路にいる人たちはそうした
幕末から明治の武士・士族たち
の苦渋や政治的対立とは縁が
遠かった人たちかもしれない。
淡路の士族はほとんど北海道
に渡った。殿様と重臣は新帝
都東京に住むことが義務付け
られた。明治新政府の布告に
より旧大名はすべて東京に
住まなければならなかった。
今の淡路の人たちは暖かい。
気候温暖で、タマネギがとん
でもなく美味しい土地。
ほんとに美味しくて、他の土地
のタマネギとは別物だ。
島といってもとてつもなく大き
い。同じ島でも四国程ではない
が(笑)。
とにかく、淡路よいとこ、一度
はどうぞ。
ところで、どうしてここに史上
初の陸地オノコロ島を造ったの
でしょうね。
日本神話に出てくる創造主は。
別に淡路でなくとも佐渡でも
隠岐でもよかったじゃん、みた
いな。ホントは深い意味あるの
だろうけど。そういう設えには。
私が先日書いたこういう手玉の動か
し方は、「撞球」をきちんとやって
いるプレーヤーはごく普通にできる
し、やる。特別な事ではない。
ところが、玉転がししかできない
プレーヤーは一切できないし、やら
ないし、やれない。
だがそれは、川幅30センチの小川を
飛び越えられないようなものなのだ。
それでいて走り幅跳びの選手にな
った気でいるようなもの。
現実的には根本の根っこから何か
とんでもない勘違いをしている。
走り幅跳びは幅跳びをする競技。
撞球は「球を撞く」競技なのだ。
だが、現代は先玉さえ転がり入れば
それがビリヤードかと勘違いして
いる人たちが雨後の筍のようにいる。
それは「違う」のだ。
こう書くとバイクの異常粘着者と
同じく「どうやろうが自由じゃ
ないか」とかよく考えずに脊髄
反応で反発し、コソコソ陰であげ
つらって誹謗中傷するのが出て
来そうだが、世の中違うものは
違う。
たとえば野球でバントするのは
自由だ。
だが、全ての打席をバントだけ
やろうとしたら?
それ、野球と呼べますか?という
話。やるのは自由だが。
そういう事を私は言っている。
それは野球ではないでしょうよ、
と。
この上図のような手玉の出し方は
キューを切らす人はごく普通によく
やる。
奥田玲生(たまみ)プロの5:28
からのショットがこれと系統は全く
同じ玉筋。
強くは撞かない。キュー切れのみで
撞く玉。
これが玉を「撞く」という事で、
ビリヤードのお手本の撞き方だ。
基本であり王道でありセオリーで
あり、お手本だ。
2022 全日本アマナイン女子級:森光奈穂 vs 梶原愛
人によりそれぞれ球種はあるだろう。
しかし、いくらトッププロになろう
とも、転がし玉をやるのは撞球では
ない。
この女性球聖(防衛)の梶原愛選手
の撞き方は本物の本筋本道だ。
セオリー。
やや肘がサイドスローになる独特
のフォームだが、玉の筋、動かし方
はキューを切らせてきちんと「撞く」
王道の撞き方、お手本の撞き方をして
いる。
素晴らしい。
こういう選手の撞き方をよく見て
見取り稽古をすると勉強になる。
転がし玉などはいくら玉を入れて
も、何の為にもならない。
いくらランキングが上に行こうとも、
転がし玉は駄目だ。ビリヤードの
基本を完璧に崩す玉転がしだから。
梶原愛選手。お手本となる撞球を
する球聖(防衛)。つまり日本一
の人。
球聖となると無試験でプロ登録で
きるが、アマのままで球聖位を防衛
した。彼女の撞球は美しい。
奥野プロや梶原選手のように女子
選手できちんと「玉を撞く」人は
現代では珍しい。
今のプロアマ問わず女子できちんと
「玉撞き」をしている人は少ない。
かつて1980年代90年代の女子プロ
は全員が「撞球」をしていた。
今の時代は「玉転がし」が殆どだ。
「ビリヤード」をやっている人は
少数派になってしまった。
なんというか、カーリングのように
ただ当てるだけ、という妙なプレー
が大流行だ。ハヤリのグローブ着用
と共に。
全然その転がし玉は「撞球」ではない。
チョン突っつきの玉転がしはビリヤ
ードではないので、初心者の方は気を
付けてほしい。