渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

エディ・フェルソンのキューと作品背景 ~映画『ハスラー』(1961)~

2022年07月19日 | open


カリフォルニアの疾風のエディ
のキュー。
バンパーゴムが無いオールド
タイプ。ハーマン・ランボー
だろう。

ジョイントリングは黒樹脂のみ。
ハギは四剣だ。コンバージョン
モデルと思われる。
当時の「最先鋭のキュー」として

の演出が採られている。


この『ハスラー』(1961)では36時間
に及ぶ125点先取りのストレート
プールで勝負が行なわれた。
凄いのはファッツに挑んだ若き
凄腕のエディではない。
周囲で見守る連中全員が只者では
ない。

これはラストゲームのサイド前の
15番を入れて125点撞き切る前の
ショット。
左から点数カウントのおやじ。
店員のオービス(25年後にエディ
と偶然再会する)。
黒幕の暗黒街の胴元バート・ゴー
ドン。
バーボン飲み過ぎで酔って爆睡
のエディ・フェルソン。
15年間全米一の撞球師ミネソタ・
ファッツ。
エディのマネージャーのチャーリー。
このビリヤード場の常連ビッグ・
ジョン(原作ではこの店の店主に
挑ん
で負けてからこの店に居ついた)。
使い走りのプリーチャー。
表世界の世界チャンピオンのウィリー・
モスコー二、お疲れ気味(実名で登
場)。


エディ以外、全員が起きている
のだ。ウィリーは疲れた芝居を
しているが、他はシャキッとし
ている。
ただ一人、エディのみが酔い潰
れて爆睡し、眠っている間に
ファッツに撞き切られるのを
繰り返していた。
最高潮の時は18000ドル(現在
の日本円で7000万円近く)を
稼いでいたのに。

だが、ここで疑問が生じる。
エディがJ.T.S.ブラウンの平瓶
を何本も空けた形跡はない。
エディ、もしかして、ほんの
300mlほどストレートでウイス
キーを飲んだ
だけで酔い潰れる
程に酒が弱い
のだろうか。

それともう一つ。
エディは負けてはいないのだ。
実は。
これは多くの人が気づいている
だろう。
エディが最後にぶっ倒れる前に
は200ドルを持っていた。
そして、敗北後に100ドルと車
眠っているチャーリーに置いて

そっと失意のうちにホテルを出た。
だが、女子大生サラと同棲を始め
たエディを訪ねてチャーリー

やって来る。

その時に、エディに詰問された
チャーリーは、最初の掛け金の
出資額
1500ドルを確保していた
事を白状
する。
勝負は1ゲーム200ドルから初めて、
途中でエディの誘いで1ゲーム
1000ドルに掛け金を上げた。
結果、18000ドルは途中までエディ
が勝っていた。
そして、最後は掛け金の1000ドル
もなく、ベロベロに酔ったエディの
手持ちの200ドルだけで、
ファッツ
から「ゲームオーバーだ」
と一蹴
される。

さて。
チャーリーが出資した元金の1500
ドルはエディが勝っている間に
チャーリーはしっかりとキープ
していた。
つまり、エディは一文も負けてい
ないのだ。
ファッツのほうはウィリーに掛け金
の取り分を預けていたが、
それを
すべて最後は胴元のゴードン
に渡
した。

だが、ファッツは自分が負けた分
をようやく取り戻しただけだった
のだ。
つまり、バクチとしては勝ち負け
無し。勝負はドローだったのだ。
だが、撞球勝負としては、エディ
は負けた。
スコアは掛け金に反映するので、
スコア上はエディは負けていない。
ファッツも勝ってもいない。
ドローだ。
しかし、撞球師の人間勝負として
は、非凡な撞球の
腕を持つエディ
もファッツに完敗
した。
掛け金でも撞球のスコアでも引き
分けであるのに、「勝負」は負け。
それは、エディが「ルーザー=
落伍
者」であったからだ。
本作で重要なポイントである。


この映画、まるでファッツにエディ
が掛け金でもストレートプールの
スコアでも負けたように勘違いを
しがちだが、実は勝敗はドローなの
である。
引き分けなのだ。
エディは別な勝負師としての人間
勝負に
完敗したのだ。
これ、かなり大切なとこ。
そして、そこから「何に負けたのか」
「なぜ
自分は落伍者、負け犬である
のか」
というテーマに作品は入って
行く。
本作はとてもテーマが深い。


本作品は1961年度の歴史的傑作だが、
同年は化け物作品の『ウエストサイド
物語』が公開されてアカデミー賞
を軒並みさらった。
しかし、本作はアカデミー賞8部門に
ノミネートされた。
そして、撮影賞と美術賞を獲得した。
作品構成はまるで舞台劇のような
緻密に計算された人物配置とカメラ
ワークを見せている。
テーマは深く、エディ・フェルソン
という若き主人公の成長の試練を
描いている。

なお、ウィキペディアでは、ミネソタ・
ファッツのモデルを実在の賭博師の
ルドルフ・ワンデロンであるとする
記述が見られるが、これは誤りだ。
原作者本人が生涯それを否定して
いる。
ワンデロンはニューヨークの博打打ち
で、映画の大ヒット後に「あれは俺を
モデルにしたものだ」と勝手に宣伝
して興行をかまして金儲けしようと
動いた人間だ。
また、本作品のテクニカル・アドバ
イザーの世界チャンピオンのウィリー・
モスコー二に限りなく粘着して口汚く
全米で罵りまくって歩いた。
これは人権侵害であるとして裁判に
まで発展した。
だが、ワンデロンは聴くに堪えない
罵詈雑言と侮辱と誹謗中傷をやめ
ない。映画の知的な紳士のファッツ
とは大違いだ。
やがて、ウィリーとワンデロンの
対戦カードが組まれた。
ワンデロンは名前さえも「ミネソタ・
ファッツ」に変更して小銭稼ぎの
興行を手広くやっていた。
嘘を続けると大衆は本物と思い込む
というところに付け込んだ卑劣な
所業だ。
勝負の結果は、どの種目でもワンデ
ロンがモスコー二に完敗した。
だが、化けの皮が剥がれた以降も、
アメリカでも日本でも、ワンデロン
が映画『ハスラー』のファッツの
モデルであるかと誤認している人
が多くいる。
嘘は嘘。
原作者が死ぬまでずっと否定し続け
ていた事だ。
ミネソタ・ファッツとワンデロンの
共通項はただデブであるという点
だけだ。
モスコー二とワンデロンの試合は
動画サイトで無料で見る事ができ
る。
あまりのワンデロンの狂犬ぶり、
無礼千万の口汚いわめきちらしの
実態を見る事ができる。
観察していると、なるほどファッツ

のモデルではないと自ら暴露して
いるのがよく判る。
そして、モスコー二のインタビュー
も収録されているが、いかにワンデ
ロンの言辞が出鱈目の嘘八百である
かもウィリーは説明している。
ワンデロンにしたら、映画ヒットを

ヒントに一世一代のハッスルを
かませたつもりだったのだろう。
かなりそれは成功して、多くの人々
が今でも騙され続けている。
ゴト師、詐欺師であるハスラー・
ワンデロンの目論見は真実が見えな
い人たちには成功した。
名前まで変えちゃうというのは

すごいですね。
「俺が柳生新陰流の宗家の宮本武蔵
だ!」みたいなもの
なのだから。
だが、得てしていつの時代にも
その手の詐欺を詐欺と気づかず
騙される人たちは多い。


アイテム

2022年07月19日 | open



かご・・・いや、探偵K。
アードベッグというのは良い選択
だが、水割りとは何ともいた
だけ
ねぇ。

スモーキーでピートなこいつは、
ストレート
でアイラモルトの甘美
な肉体を褒め称えてやるのが礼儀だ。

日本では残念ながら今月から名品
アン・オーは終売だ。アードベッグ
ファンのみならず、衝撃的な嘘みた
いな話。
こいつはちょっとした事件だぜ。




構造検討 ~コンバージョン~

2022年07月19日 | open



このヴィンテージ・キューの
リア部はブランズウィック・
タイトリストと同じだ。ストン
と木部ハギ円筒部の隅切り。


手ごろな19.2オンスまで2.6オンス
(73.7g)足りない。
全長は標準よりも1インチ短い57
インチだ。
仮にコンバージョンを作るとした
ら、バット延長と重量増しの観点

から、リア部はこのような構造に
なる
だろう。

ただ、この70年前のキュー、驚く
事実がある。
それは、押し引きヒネリもよく
利くだけでなく、トビが非常に
少なく、見越しをさほど取らな
くとも使える事だ。まるでハイ
テクシャフトの動きのように。
バットもシャフトも曲がりは
一切無い。
生まれた時代の古さを抜きに
して、特筆点としては、現代
には存在しない特性のキュー
だという事が不思議だ。

なぜこういうキューが出来るの
だろう。
謎。
先角は象牙(もしくはビッグ
ホーン)の突き通し。長さは
21ミリ。直径11ミリ台。

ヴィンテージなので、このまま
で若干メンテリペアのみで保管
しようか、コンバージョン改造
をしてプレーキューに加えよう
か今でも揺れているのは、それ
はこのキューの撞球性能があま
りにも高いからだ。持ちキュー
のトップクラス。笑える程に良
いキューだ。
春前にリペアした60'sキューも
そうだったが、半世紀以上前の
キューが今でも頗る性能が良い。
今の製品よりも常態にあって
潜在性能自体が良い。
これは全く以て、どういう事なの
だろう。
この半世紀以上の「キューの進化」
とは、一体なんだったのだろう。
これは考えさせられる問題だ。

もしかすると、インレイやリング
等の外飾ばかりが発達して、見て
くれの見掛け倒しのみが豪華絢爛
に「進化」したのではないか。
それは、まるですぐに折れ欠け
する元禄期以降の使えない日本刀
の新刀のように。
キューは日本刀と同じく、先ず
性能ありきが本分だ。
大昔のキューの驚異的な性能に
触れてみて、深く考えさせられ
る。

ちなみに、エフレン・レイエスが

ここ5年程愛用しているキューが
ある。彼は実にこれまで多くの
キューを使ってきたが、5年以上
というのは特例的に長い。
そのキューは、こうしたフルスプ
ライスの本ハギのノーラップで、
バットエンドにホワイトエンド
キャップを着けた物だ。ジョイン
トカラーは樹脂。
ジョイントピンは不明だが、基本
的に、70~80年前のブランズウィ
ック・コンバージョンの構造形式
のキューを今愛用している。



エフレン自身のこのキューでの
シャフトニスの剥がし方はラン
ダムだ。
まるで日本刀の刃文のように
不規則に紙やすりで剥がして
いる。
私もこのニスの剥がし方が好き
で、1980年代中期から自分の
キューはすべて刀の乱れ刃文の
ようにランダムに波打つような
剥がしにしている。
テープを巻いて一直線に剥がす
のは不自然なソックスの日焼け
痕のようで、どうにも好きにな
れないからだ。
それに一直線はがしは、誰もが
同じ見た目になる。誰もが同じ。
それが何よりも好きではない。
雑なような剥がしの中に自然の
波の揺れの妙あり。海のさざ波
のように、同じ物が二つと無い
景色がそこにある。
それが自分の中では一つの表現
手段における美的要素と思えて
いる。

さざ波の陰影がまるで機械的で
画一だとしたら、そこに大自然
が織りなす地球の景色の息吹を
私は感じられない。


朝の山

2022年07月19日 | open


朝の山
煙る雨にも
蝉時雨


ピュアホワイト 〜北海道産〜

2022年07月19日 | open



かなり、
うまい。
いいトウキビだ。


オクラのニンニク焼きチーズ和え

2022年07月19日 | open


オクラのニンニク焼きチーズ和え
という初めて食べる物が出てきた。
YouTubeでおいしいよとあった
ので作ってみたとのこと。

これ、めちゃくちゃうまい。
作り方は簡単なので、キャンプで
も作れるのではなかろうか。
最高!
ただ、高カロリー(笑



うなぎかどぜうか

2022年07月19日 | open



うちの会のイタ車乗りの友人は
昨日、日本のニース(笑)熱海まで
走った。
そして、なぜかうなぎ。やっぱり
うなぎ。暑い時は日本全国うなぎ
が人気。
ところが、生粋の江戸っ子とその
話題になったら「何言ってやがる。
夏はどぜうだ」と言うとの事だそ
うだ。
この大江戸一番勝負、どちらに分が
あるのか私にはよくわからない。




古代の剣

2022年07月19日 | open

2000年前の古代ローマの剣。

弥生時代の日本の剣。

どこでも似たような物になる。
松本零士先生の戦場漫画シリーズ
での銃を見た日米対戦兵士の呟き
ではないが。


青い瞳のステラ、1962年夏...

2022年07月19日 | open
 
沖を通る貨物船眺め
テネシーワルツ歌おう
うまいもんさ あんたに教わった
ちょっといかしたステップ
褒めてくれよ しゃがれた声で
芝生の下で眠っていずに
褒めてくれよ ブルーアイズ細めて
芝生の下で眠っていずに
 
ステラが眠る芝生から見た沖を
通る貨物船とは、横浜港ではな
く、根岸の高台から見た根岸湾
を通る貨物船だった事だろう。
 

お祓い

2022年07月19日 | open



日本刀武術の後輩の新車大型バイク
納車が近い。
別な後輩女子も、現在免許取得で
教習所で奮闘中。

納車でお祓いどこにしようと言う
ので、世田谷の松原の神社にした
ら?と言った。


富士山講の流れの神社なので江戸
には禁止されたけど。
男女平等、身分の差を否定する
教えだから。富士信仰はたびたび
禁令が出されている。
この神社は、元は芝の神明町に
あった。大江戸ど真ん中。今の
浜松町だ。
でも、なぜか今は都内唯一のオー
トバイ神社ともなっている。




親子で行く道

2022年07月19日 | open


東京のイトコは親子で自動二輪で
北関東にツーリング。
そういうの、いいね〜。
知り合いに親子孫3代でツーリング
していた人がいた。
それまた何だかすんげーだよな。


箱好き

2022年07月19日 | open



なんか猫語でシマ子が話しかけて
くるなぁと思ったら、箱を寝かせ
てくれとの事だったようだ。
トウモロコシの箱を寝かせたら、
即入った。
箱好き。


クロッピーはこちらはこちらで
腹見せゴロンしてる。



昔から変わらず

2022年07月19日 | open





だって、橋下やで。
仕方ないよ。
大昔から全く変わってない。
大昔、ハーレー乗ってるのを自慢
して「弁護士でハーレー持ってる
のは私だけ」とか誇らしげに言っ
てた。
物を知らないてのは怖いもん無し
だよね。
ハーレー所有だけでなくレーサー
3台所有して自分のレーシングチー
ムを持っていて自らF3ロードレー
スに参加していたレーシングライ
ダーの弁護士もいた事さえ見よう
としない。有名だったのに。
奇跡と呼ばれた行政訴訟で高速
路二輪料金体系を抜本的に変革さ
せたから。

仕方ないよ。
橋下君だもの。
昔から変わらない。
自分の事しか頭にない。
そして、自分だけが正しいとして
それを曲げない。

ただ、二人とも勝共連合ではない
のが幸い。
橋下が勝共連合統一協会だとした
ら、弁護士としての根本的資質が
問題になる。でもそうではないの
がせめてもの救い。

悪魔の音楽

2022年07月19日 | open

枯れ葉 / Autumn Leaves jazz piano



JAZZはブルーズと並んで悪魔の
音楽である。これは確かだ。
JAZZに魅入られると、取り憑か
れたように他は何も要らなくなる。
フライフィッシングが「悪魔の
釣り」といわれているのに等しい。

この子の弾くような音楽は、学校
では忌避されるのだろう。
先に紹介した小学生ギタリストも
音楽の授業ではJAZZが教科書に載
っているのに無視されたと語って
いた。
21世紀の現代でもそうだ。
さて昭和30年代生まれの私の時代
はどうだったか。
まず、ロックは「不良の音楽」と
いう事で、世の中では大人たちか
ら蛇蝎のように嫌われていた。
ロックをやるのは不良であり、非行
であり、聴く事さえも素行不良の
社会的脱落者のように言われた。
これ、ほんと。
だからなおさら若者たちは反抗心を
込めてロックに傾倒した。
だが、ビートルズがぬるい音階と
歌詞で「愛」を謳う事で一変した。
すでに私の時代、中学の音楽の教科書
にはビートルズの楽曲が載っていた。
「はあ?」である。
ほんの数年前まで、音楽の時間は
頭にカツラかぶった西洋のおっさん
たちがやっていたクラシックのみが
「音楽である」とした教育をしていた
のにだ。
中学の時に思った。
「はは~ん。戦中から戦後にかけて
教育の『掌返し』に言い知れない不
信感を生徒や学生たちが持ったと
いうのはこのパターンだな」と。

それでも私の中学時代はロックを聴い
たり演奏したり嗜好したりするのは
「不良たち」とされていた。
かなり様変わりするのは高校あたり
からだ。
そして、ロックどころかJAZZに至っ
ては「大人の裏社会の音楽」という
イメージを世間では鼓舞していた。
いや、これホント。
一例を実例で挙げよう。

町の喫茶店には1960年代~70年代
には「名曲喫茶」なるものが存在
した。
そこで流される音楽は何だ。
すべてクラシックである。
JAZZやロックはどんなに名曲であろう
とも「曲」とは認められていなかっ
た。
JAZZはジャズ喫茶でなければ聴けなか
った。場末のバーのような薄暗く、
煙草の煙が充満する喫茶店だ。
私は高1の15歳の時からよくJAZZ
喫茶に通ったが、一般喫茶店が今の
ファストフードのように思われてい
て中学生や高校生が普通に入店して
いた時代であっても、JAZZ喫茶に行く
のは「不良」しか行かなかったのだ。
これは1960年代末期からその後10年
以上も。(そのあたりの社会情勢を
映画『初恋』は忠実に描いている)
なので小学生がJAZZに親しむとかは
考えられなかったのだ。
酒と煙草と女と麻薬。それらが充満
する世界で流れているのがJAZZだっ
たからだ。これは現実的にも。

かといって、健康優良児のような
顔を上げると輝く清純な汗の光、
というような人々が馴染むのが
JAZZだとしたら、それはそれで
かなり気持ち悪い。
品行方正な真面目君やザーマスの
一族のような連中が親しむのが
JAZZだとしたらウルトラきもい。
彼らはやはりショパンあたりだろう。
今の嫌煙ファシズムの私設警察の
ような感覚の連中が好むのがJAZZ
だとしたら、それはもう度し難く
承服しかねる。
カレーは辛いから砂糖を入れましょ
う、ザーマスザーマス、みたいな
感じだからだ。
わさびは子どもによくないので
お握りのお寿司におわさびは全部
抜きにする条例を作りましょう、
みたいな連中。代々木に多いよう
な感覚の。

だが、小学生でJAZZ。
そういう時代になったのだなぁと
思う。
しかし、勘違いしないでほしい。
JAZZは黒人の歴史抜きにしては
存在しない。
そこには絶対に目を逸らせてはなら
ない人間の歴史がある。
JAZZをただ音の旋律が好きだからと
いって好みを持って行くのは、それ
は「きょうは寒いので毛皮を着て
いきましょう」とか平気で口にする
動物愛護団体の人間のようなもの
なのだ。
「きのうはお寿司だったからきょう
はフレンチにいたしましょう」と
いう感覚で音楽の中でのJAZZに
接近するのは、それは根本をないが
しろにしている。
創り出した人たちの負った歴史と
事実、そしてその中から出て来た
音の旋律に対する敬意が不在だから
だ。

私が小学生の頃、JAZZというのは

何なのですかと父に尋ねた。
かつてJAZZマンだった父は延々と
講義しはじめた。
「授業なげーよ」とは思ったが、
結論からいうと、父が言うには
「君が自分で判断できるように
なってから接近すべき音楽だと
思う」との事だった。「音だけを
追ってはいけない」と。


小学生に解るのだろうか、と思う。
社会的未成熟な年齢層に。
ただ、音やリズムが好きだから、
というだけではないのか。
だとしたら、いくら演奏が巧みでも
大きく道を踏み外す。
それは三ツ星レストランと同じ感覚
のクラシック界の連中の亜流でしか
なくなるからだ。
JAZZって、それじゃない。

心の叫びを伴わない指の動きが
上手いのは「お上手」というだけ
で、それは音楽ではないし、無論
JAZZでもない。