秋にはこんな日もあるロード。
走るのは危険だが、止まると
これは広島県のある峠。
霧が濃いので、寝てから翌日
ロードはこのような晴れがいい。
峠の夜に日は暮れぬ。
霧が晴れれば月も見えるし。
キャンプはこういうので行き
たい。私は。
よくある道具自慢のように道
具をこれでもかと買い揃えて
それを並べてサイトなるもの
を作って自己満悦に入るよう
なスタイルは大嫌いなのだ。
本当に嫌い。
道具を買い揃える事がキャンプ
かと思っているスタンスも嫌い
だ。
シンプルな、こういうのがいい。
道具は必要最低限の物だけで
いい。肴は炙った烏賊でいい(笑
移動もすぐにできるような。
そういうスタイルが理想だ。
自分の私有地以外、直火が今は
駄目ならこんな感じで。
あくまで「やむなく」。
そういうシンプルなスタイルが
いい。
これ、結構根幹に関わる事で、
日本人のキャンパーという人
たちの多くが、資本の販売戦略
に踊らされて、どんどん次から
次に新しい物を買い続ける。
そして古い道具は「使わなく
なった」としてポイかお蔵入り。
それ、キャンプの根底に関わる
事をやっているように思える。
10年程前から日本でも知られる
ようになった「ブッシュクラ
フト」が提起した野外活動の
中心のキモは、そうした消費型
キャンプとは別な根源的な原点
を見直そうという気風があった。
だが、今やブッシュクラフトさ
えも流行りの商売素材にされて
しまっている。
必要最低限の装備でキャンプする。
それは、かなりいろいろな事を
教えてくれる。大自然が。
野外活動に限らず、何でも人そ
れぞれ楽しめばいいのだが、私
は道具揃えの道具自慢のような
「キャンプ」はやりたくない。
そうした路線は、突き詰めると
グランピングというキャンプで
も何でもないものにどんどん近
づくからだ。歯止めが利かずに。
一人だろうが二人だろうが仲間
たちとだろうが、シンプルで
「同じ火を囲む」のがいい。
それは「同じレベルの装備」で
ある事が前提だ。
道具自慢とは全く別な世界。
個人装備を自慢げに並べ立て
ない世界。
今、日本国内での多く(殆ど)
の自称「キャンプ」は、どれ程
自分のアイテムギアを誇らしげ
に出し揃え並べるかがメインに
なっているような感がある。
右を見ても左を見てもそればか
り。
それって、根本的に根底から何
かが大きく違うと思える。
それらはキャンプとは別物なの
ではないだろうか。
キャンプに行くと、晴れた
日は星空が綺麗なので良い。
今までで一番印象的だった
のは学生時代に行った海辺
のキャンプだった。
あれは親戚連中と行ったが、
夜海岸に寝そべって星を眺
めると、ナニコレ?という程
に星が多くて、夏の大三角形
でさえ探すのが困難な程だった。
空に光る砂を散りばめたよう
な夜空で、星だらけ(笑)。
キャンプの醍醐味の一つに
星空がある。
街は空気が濁っているのと
明るいから星が見えない。
江戸時代とかは、江戸でも
夜空は多分南アルプスから
見るような満点の星空だった
のではなかろうか。