大東亜戦争末期の昭和20年一学期はゲートルを巻いて戦闘帽姿の旧制中学1年生だった、8月15日の敗戦までの4ヶ月は二人の配属将校による軍事教練を体験した最後の年代である。
主に軍人勅諭の朗読と行軍と言う名の行進訓練、団体で歩調をあわせての行進は、時々足と手が一緒になってしまい、甲子園における高校球児の入場行進でも時折見かける。
出征兵士のいる農家の手伝い、除草機と称するものを転がしながら苗と苗の間の田の草をとる作業でかなりの重労働だったが、10時に出される塩むすびの味はコシヒカリよりうまかった。
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終戦後の配属将校たちは、食糧増産の指導員に早変わり、生徒は鍬を持参で通学することになり、グランドはたちまち芋畑と化し、これから数年間の食糧難時代が続くのである。