チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

トイレの神様

2024年08月31日 11時09分57秒 | 日記
もう何年も毎朝、素手で便器を洗っている
幼いときの母のしつけだ
「便所は使用した後きれいに掃除すると美人になる」
「食事の後のお手伝をすると人に可愛がられるようになる」
「きちんと笑顔でご挨拶するととてもとても心ががきれいになる」
こういう言葉に騙されて、素直に親の言うことを聞いていた

しかし大人になってくるとトイレの掃除は忘れてしまった
自分のところだけでなく
人様のところの場所もきれいにするということをすっかり失念してしまっていた

ある日写真の整理をしていて、姉から送られた手紙の中に母と私が一緒に写った写真が出てきた、見たのさえ忘れていたのだ
この人
「便所には一番宝を持った神様がいらっしゃるのでどこの便所もきれいにしていると、きっといいことがある」
と言っていたことを思い出した
その時家の中には7人の神様がいる、一番初めにいらした神様は手ぶらでいらして応接間へ――――と続き遅れてやってきた神様はもうトイレに行くしかなかった、だけどその神様が遅れたのは宝をいっぱい持っていたから、重くて走れなかった」

というような話だった
幼いころは信じたけど生意気盛りになると「バカばかしい」と思ったのか忘れてしまった

そうか
「ごめんなさい今日からトイレ掃除に念を入れます」
そしてある日
ホテルのトイレを借りて、使ったトイレをきれいに拭いて手を洗っていたら
「チャコさんでしょう?」
30年ぶりの能登の知人と再会
そのあと、地震復興が気になっていた能登での講演がきまり、更にその能登での養蚕の始まりの相談も生まれた

トイレの神様感謝
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人工台風

2024年08月30日 08時05分18秒 | 日記
ここのところの台風は不思議な動きをする
台風銀座に育った身としては
海から陸に入った台風が衰えていく様子をずっと見ていた
ところが今の台風は逆で
陸地に入って元気を増し、あちこちに悪さをしていく

ある人が
「今の台風の動きを変だと思う人が正常だよ」
とほめてくれた
「気象兵器というんだ」
「つまり攻撃されているわけね」
「見てごらんお米の収穫時期だから、お米の上を台風が通る、そうするとどうなる?」
「確かに、でも天はそれを許すの?」
「変だと感じて目を見開いて、今の世界や日本の状況に目を向けて、正しい行動をすれば正常になると思うけどね」
「変だということに気づかせているわけか」

気象に限らず変だと思うことが多い昨今
「変だよ」
という感覚が大事らしい
その時自分自身の中に邪心がないことが条件だけど

「雨の降り方も線状なんとやらなんて雨は自然現象ではない、あの雨が降る時は人工降雨と思ったらいい」
「だから雨の被害を起こしやすい」
「そうだよ」

そういうことがわかることが必要で、怖がることはない
人工だろうが自然現象であろうが現実は現実、その現実も神の手の中にある
心配ご無用だ
仕掛けている側のごちそうは「恐怖」だから
「おかげさまーー」といってればいい

災害を受けたところへはみんなで心を向け、援助しなければ

人間はどんなこともできるようになった
だけど「愛」は?
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掃除の効用

2024年08月29日 15時25分32秒 | 日記
8月と2月のことを昔はこう言ったものだ「にっぱちは売上無し」
だから思い切り夏休みをとるのが一番
コロナ騒動からずーーーとお休みのようなものだけど
8月は更にのんびり

金融のことをなさっている人たちは、そういうことはなく上がり下がりの中でこもっちよるな、そして大きなお金動かしている
いまは「労働」はダサいという人も多い

労働こそが国づくりの基本なんだよ

ということで夏は掃除の季節
昔の話になり恐縮だが、戦争が激しくなる前は夏休みが始まると、町内会が一斉に家の大掃除をはじめる

道路に各家の畳を山形にして干す
その陰になった下で子供たちがままごとしたり、人形遊びをしたりおやつを持ち寄って遊ぶ

各家の畳の数は半端ではなく、時間によって変えていく、その作業は当然男の仕事だ、はたきや座敷帚でパンパンたたいて一年の埃をたたき出す、男たちは手ぬぐいで口を覆い頭はタオルをかぶり、首には汗を取るタオルを巻いて頼もし楽しむ

女たちは畳の上がった床のお掃除、炭をまき新聞を敷き詰める(ダニが湧かないし、ゴキブリも来ない)

2日以上かかる畳の多いお宅には作業済ませた家の男たちが手伝う
そういう大きなお屋敷は、すべての作業が終わった後みんなを招いて振る舞いをする。子供たちもその振る舞いにあやかり、スイカや菓子、花火をしたりして遊ぶ

作業の後ひと風呂浴びたり、行水をしたりして浴衣を着て集まるのだ

一気に町中がきれいになり、お互いの親睦も深まる、家族のきずなはさらに深くなる

この時子供が大きくなった家では、小さい子を抱えた家庭に衣類を渡したり、新しい家庭を築いている若夫婦には家具調度品を譲っている

この姿こそがこれからの日本かもしれない
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使い切る

2024年08月28日 08時46分04秒 | 日記
日本人の優れたところを挙げてみると
続ける
使い切る
ということかなと思う

商売が19代続いいているとか
世界の中で3代続いている商売が一番多いのが日本だという

関西と関東の老舗の店が寄り集まることがあり
東京はせいぜい三代
ところが西は10代以上がざらだった
という話がある
皇室からして世界で一番古い家柄だ

続けるということはかなりのエネルギーが必要
英才教育から始まり
時代にあったものでないと続かない
日本人は時代を読み解く能力に秀でていたのだろう
また自ら時代を作っても来た

使い切る
というのも日本人独特
命の尊さを腹の底から理解しているからであろうか
使い切るということから文化や芸術が生まれている
それを長く繋いでいこうというのが日本人の根底にある

まここ数年、此処に目覚めている人が多くなったように思う
本来の日本人の暮らし方をしていれば
どんな時代が来ても大丈夫
このような暮らし方に味方しているのが
宇宙の法則だから

どんな科学でも、思想でも、哲学でも宇宙のそれには勝負にならない

本日チャコちゅうぶ20時から
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馬鹿ということ

2024年08月26日 09時54分58秒 | 日記
馬も鹿もも区別できない人のこと?
鹿を馬と言いくるめた家来の話?(中国の故事にある)
などなどどうして「バカ」を「馬鹿」というのかしら
とそれこそバカみたいに追及してていた時があり
それが一挙に解決したのが今から15年前

「うまくしかとやれ」
そして馬く鹿とやれないひとを
「馬鹿」
と呼ぶようになったんだと!

日本語って語呂合わせが多くて元の意味がわから無くなってくることが多い
たいてい美しい言葉に変えるのだが、この言葉はどうなん?
おバカ、馬鹿、馬鹿たれ、馬鹿もん、馬鹿じゃない、馬鹿なんだから
これらの言葉どこか愛を感じる

「うまくしかとやれ」
というより
ちょっとした失敗
不器用
鈍感
呑み込みが遅い
しくじり
などに遣われてるように思う

染色の世界で「馬の毛のような茶色」を「旨色」という
「うまい」よね日本人の字を当てる感性
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師弟関係

2024年08月23日 09時49分22秒 | 日記

「師匠」と思える人が人生で一人でもいたらいい
もちろん生きているうちに出会う人自分にとってみな「師匠」ではある
昨日は江戸時代や明治維新での師弟関係を彷彿したくなる師弟に出会った
もともと長い付き合いではあるが
昨日は改めてこの師弟は美しいと思った

師は糸の美しさを求め東京から沖縄に移り住み芭蕉や苧麻の繊維にそれを求めた
しかし自分が追及する糸ではなく
ぐうぜんにも蚕の糸を知ったところこの糸の美しさにはまった

更に糸の美しさを求めて土を開墾桑を植え自分自身の手で蚕の交配もさせた
糸をどう美しく織るか機の研究にも時間を割いた
その糸を化学染料で染めるのは忍びなくて
植物染料にも手を染めた

弟子はの方は絹の糸作りから師事した
かれこれその生活は25年になる
そして今師は病に倒れもう先にすすめない
弟子は其の師の介護を引き受けながらも晴れやかに次なる弟子を抱えて、自分の師の志を繋いでいる

その師弟の糸作りがあるからこそ
桃山時代からの装束の補修ができている
日本に一か所しかないこの糸作りの場

30年の付き合いになるその師の方に聞いた
「すべてを教え切ったの?」
師は静かにうなずく、そして穏やかな笑顔を私に向けた

元気な時はいろいろ社会に対して、糸作りの人たちに向けて厳しいことを言っていたが、今は全幅の信頼をその弟子にむけ、不自由になった体も心も委ねている
その姿を尊敬の目で見つめ、自分自身の仕事にも自信をもって向かっている弟子の姿に感動をした

その雰囲気の中にいてうっかり高速バスを乗り過ごし、深夜の帰宅となったが日本の糸作りが途切れることなく、新たに始まったことがうれしかった
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真の男の友情

2024年08月21日 13時25分29秒 | 日記
「チャコ終わったよ」
今朝久しぶりに長年の男友達から電話があった
「なななにが?」
「僕がいなくても10億の会社に仕上げたよ」
「ああーそうなのねご苦労様、長かったね」

あれから10年彼の親友が他界してからすべてをその親友との約束に心血を注いだ。
その前から指折ると50年もの間彼はその親友の会社の外部相談役だった
高校・大学と大親友で、親友のJ君は伝統産業の老舗を継いでその土地の中心的企業のトップになったのはいいけど、社的変化の中業績は下がる一方、しかし日本のためには過去から何千年と続く技術を残す家に生を受けている

技術を繋ぐことは販売にも力を注ぐ必要がある、しかし世の中はその伝統物産に目を向ける人は少なくなる一方だ
色を変えデザインを変えても飛躍的な売り上げには程遠い
販売戦略をいくら立てても技術保存の糧にはなりにくい
そこのジレンマで悩むJ君の心のよりどころが彼だった

きものの世界に身を置くチャコ先生はそのきものの生産地の広報を務め、二人の友情を応援し続けた。というより彼らとは大学時代からの付き合いだ
当然友達としても応援するのは当たり前
三人はよくあって話し合いを重ねた

そしてつに彼は自分の会社を売り、都心にある家も処分してJ君のそばに身を寄せ
本格的に親友を助ける政策に出た、それは高齢者介護事業だ
これは時流に乗って成績を上げてきた
その途中でJ君は病に倒れ
「お願いだ、先祖から続く伝統産業を繋げるようにこの後も力を貸してほしい」
その言葉を同席していた私も一緒に聞いた

そして十年彼は後継者も社員も教育して10億稼げる体制に仕上げたのだ
「約束守ったね、Jも喜んでるわ」
「うん喜んでると思う70年だもんな付き合い」
彼は仕事の合間に日本国中を奥方と車で旅し最後は北方三島を残すのみとなった。趣味も生かしながら、会社を作り上げた人生はいい友人がいたからという「私も含まれる?」
「そうだよチャ子とも65年の歳月がある」

本日はチャコちゅうぶ この話をしようかな 20時から


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時間泥棒

2024年08月20日 08時28分47秒 | 日記
この世で一番気を付けたいと思っていることがある
それは「時間泥棒」にならないということ
ところがなる
時間の配分がうまくいかず約束の場に遅れることも多々ある
どんな人にも一様に同じ時間が与えられている
だから相手の時間を奪うことは最も重い罪だと思っている
ところがその罪をしばしば犯す

自分自身に対しての時間泥棒もする
ぼんやりテレビを見ていたり
スマホトンビをしたり
ぼんやりするのなら瞑想をしていたらいい
と思うが実行はしない

こうやって時間は刻々と過ぎていく
決まった時間というのがある
睡眠、食事、入浴や家事一般、一日の半分は決まり事に使う?
残りの12時間をどう配分するかはそれぞれの暮らし方による
12時間のすべてを自分の時間にできる人もいるが
勤め人や学生はそうはいかない、8時間はそちらに使うとみる
残りは4時間
貴重な4時間
人にも自分にとってもかけがえのない4時間

時間がもったいない
時間だけは全人類平等
待ってはくれない
お金を積んでも全く関係ない
権力遣ってもおなじ

一年に一回は起きた瞬間から時間を意識して行動してみる
気にするので無駄な時間は過ごしていないと思うが
さにあらず
楽譜と同じで休止符も必要と気が付く

しかし相手の時間の泥棒だけはしまいと心に刻むのだが
なぜか盗むことがある

今日は気を付けよう

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捨てる

2024年08月19日 09時40分25秒 | 日記
捨てるということができない世代のチャ子ちゃん先生
それでも
「あんたはよく捨てるね」
と先輩たちにお小言を頂戴していた
原稿用紙をくしゃくしゃと丸めて捨てる
「消しゴムがあるだろう?消して使え」
「それより前にきちんと頭で考えて書けば書き直さないで済むでしょう」
などなど細かい注意を受けて育ててもらった
その時のトラウマがいまだにあって
「捨てたら叱られるんではないか?」

叱る人もいない今、まだその恐怖があり「モノ」を捨てられない
捨てられないのだから買わないことにしたらいい
そう思って買うときはよく吟味し本当に欲しいものを購入する
そうすると今度は愛着が出てなかなか捨てられない
結局捨てられないのでモノがたまる

断捨離という言葉は受け付けられないが、時として思い切り捨てる必要がある

引っ越しの時持ち物の70%は処分した
書籍のほとんどを引き受けてくれる人があり、「コスモスきもの図書館」を作るのが夢だったけど、それはあきらめた
什器も先般地震で亡くなった市中祐佳さんの輪島塗だけ残してあとは差し上げた、遺品になってしまった
きものも持っているタンスに入る数だけ残した

お茶道具は姉が亡くなり稽古をすることもなくまた場所もないのので、二人の茶道の先生にすべて引き取っていただいた

洋服も捨てがたいブランド物だけ、靴は何と4足
ああすっきり!
しかししかし捨てられないのが書きかけの原稿,写真や資料の累、これで倉庫を借りる羽目になってしまった

この夏休み多くを捨てるつもりだったが、あくまでつもりのまま休みが終わった



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追い詰められたら智慧が湧く

2024年08月18日 10時47分35秒 | 日記
あくまで生きようと思う強い心が前提だけど
人はたいてい
追い詰められたら智慧が湧く
戦後の日本人がそうだった
みんなみんな一様に追い詰められていた
そこからどうやって生きていくかの智慧が湧いた
考えたら
あの時みんな解放され自由になった

お上のいうことはもう誰も信用をしない
ラジオでは「敵を撃沈」という勝ムードのニュースばかり
多くの人がそれを信じ
お国のためにと命を投げ出した、尊い命を

今同じ状況
みんなお上のいうことを信じさせられて
兵器を自分の体に打ち込もうとしている
ここまで追い詰められても、未だ智慧が湧かないように
教育されてきたことに驚いている

しかし事態は微妙に変化
近いうちに目に見える変化が始まるだろう
その時涼しい顔でその変化を受け入れ
解放され自由になって未来に踏み出すのが
多くの日本人の底力と信じている

今あちらこちらで
自由に平和に暮らすコミニテイーづくりが始まっている
おきなわの石垣島の次は京都、そして千葉らしい
みんなが知恵を出し合って作る、古くて新しい日本の誕生も近い
いやそれを目指さないと日本は消える

今こそみんなで智慧をだしあいませう
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