チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

マッチがない

2024年09月13日 09時57分10秒 | 日記
ろうそくに火をともすには「マッチ」がいい
子供のころ初めてマッチを擦って火をでたときの、怖さと興奮
マッチに火をつけるのは大人のやる事と思っていたので、自分ができた喜びはたとえようがない
その昔は火打石を使っていたのだろうから、マッチができた時の歓びはどんなであったろう

喫茶店に行くと必ずマッチが置いてあった
そのマッチのデザインが面白く、マッチ収集家まで現れた
マッチは小さい顔した宣伝マン
クラブやバー、旅館などのマッチを持ち帰った旦那が奥方に責められていた風景も昭和にはあった

マッチは小さな体で様々な、人間模様を見てきた
そのマッチが静かに消えた

デパートでは当然のようにロ―ソク用にはライターを勧める
ドラッグストアーはさらにガスボンベもローソクのそばに置いてある
神仏の道具を売っている店は寺町にある
そこをめがけて行ってもマッチはない、デパートと同じ

あるとき友が見つけた昔ながらの喫茶店で(喫煙の店)待ち合わせをした
何とカウンターにマッチの大箱が置いてある
「このマッチどこで買ったの?」
「インターネットで売ってますよ」
ああそういう時代なのだ、購入がまた面倒くさい(老人の証拠)

そしたらなんと、昨日文楽鑑賞の帰りに寄ったオペラシテ―の雑貨屋に
マッチがあった!
すかさず購入、しかし4個までという

今日は久しぶり巣鴨に友と出かけるので、ローソクとマッチを購入できるだろうと胸弾ませている



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米寿がめでたい?

2024年09月12日 10時32分27秒 | 日記
自分の歳に実感がないチャ子ちゃん先生
88というぞろ目のめでたい数字に喜んでいる
父は82歳
母 78歳
長姉 93歳
次姉 78歳
兄  82歳
みんな自宅で亡くなっている、脳溢血とか心臓発作が原因で体が弱くなったけど、入院などせず父と母は同じ年に逝った
長姉が午前中までお弟子さんのお手前を指導していて(裏千家の指導者)昼食後美容院で髪を洗いブロウして、「ちょっと横になる」とそのまま、大往生ではないか

家系図を見ると長患いした人はほとんど見当たらない、早死にした人もなく、命を全うしているみたいだ
次姉の夫はグルメで姉も料理好きであれこれ贅沢な食事だったし、表での食事も頻繁で、二人とも癌にかかり亡くなっている

そして姉妹三人は幼少のころは病弱、それを母は漢方の知識と食べるものや日常の過ごし方をうるさく言って健康に育て上げた

どの家庭より粗食だったと思う、しかも味噌醤油漬物梅干しなどすべて自家製、当時の家には地下があって発酵食品や生物はそこに安置しているので、冷蔵庫がなくても長持ちしていた

そうか
こういう食のお蔭で体の基礎ができているのかと思う
しかし家を離れてからは暴飲暴食しかも雑誌記者という不規則な生活、そのつけは40代に入って大病という悪魔が襲ってきた

しかしその悪魔さんのおかげで深く反省、それ以来薬も飲んでなく、病院というところに行っていない(歯医者は別)
それどころか、身に危険が及ぶ衣類や食物に敏感になっている。体が拒否する声を聴いて体の言うことを守っていた、そうしたら88になっちゃった

血のつながった家族が地球を卒業した年を見ると、私自身の卒業の数字も見えて来る
その日まで現場にいようと決めた
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大人の浴衣

2024年09月11日 10時04分51秒 | 日記
長いことチャ子ちゃん先生は浴衣を敬遠していた
着こなせない
どうもしっくりこない
しかし浴衣姿の美しい女性を眺めるのは好き(男の目線か)

嫁入り道具の一つとして作った「夏の色留め袖」があった
一度は姪の娘に譲ったが、ふと思いついたことがあり取り返した。このケース結構ある

それは傘寿のとき、あろうことか声楽のコンサートを開いた
そのときその色留袖を解いて室町時代の女人姿で歌ってみようとしたのだ
元禄袖にしてカジュアルに仕立て直した
帯はもちろん半幅、アンコールで歌うつもりで「宵待ち草」の楽譜を手描き
ずうずうしくアンコールまでいただくものと決めている

さてその着物を取り出し「大人の浴衣」としてここ数年楽しんでいる
伊達襟が付いているのでそれが半襟代わりに見える、江戸時代は長襦袢などないのでこのような襟合わせを浮世絵などでよく見る

そして昨年から夏が長いので、手持ちの麻のきものはすべて「大人の浴衣」として利用、下着は胸当てと湯文字のみ、実に快適

今年初めて「大人の浴衣姿」で電車にも乗った
ひやひゃの冷房もカバーできてすっかり気に入っている
襟が広襟なので、襟元が崩れない、いいじゃん!

いい気になって「利久下駄」を履いて歩いたら、舗装の上、タイルの通り、駅の階段など滑って怖い、その拍子に自分で自分の足をけって傷つけ、足袋も履けなくなった

おかげで畳表の流線型の下駄を素足で履き涼しさこの上ない
昨日はある雑誌に「大人の浴衣」の企画を提案した

今日の「チャコちゅうぶ」20時から


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Iレジタル・アナログ共存社会

2024年09月09日 09時36分30秒 | 日記
AIは頭の回転にはいいらしいけど、なんだか世のなかロボットでないと生活できないようになった
何をするにもIDだPWだと煩わしい
一つ一つ覚えていないし毎回その書き込みをするだけで膨大な時間を取られる
もちろん若い人はスイスと行く

手書き原稿からパソコン原稿になったとき、パソコンで原稿書くのにどれだけの時間がかかったか
原稿用紙に万年筆で書く方がはるかに速かった
しかし手書き原稿を渡すと、担当の編集者がパソコンに打ち直す作業をしているのを見て、パソコンで原稿を書くことに決めた
パソコン教室に通い基本を覚えた

パソコンで書くと思考が付いていかないので文章が軽くなり、文字は逆に転換があるのでむつかしい漢字を使ったりして何かちぐはぐ

それでこのブログを毎日書くことにした
つまりパソコンに慣れるためだ
パソコンも今使っているのが5代目、一代目の時のブログが出てきてそれが平成2年だったのにはびっくり

今は手書きの速度と変わらないくらいになっているが、手書きで書いた原稿の古い自分の本を読むと、文章ははるかにそちらの方がうまいし、心打つ
機械が間に入ると、何かよそよそしい

IT関係の企業に電話をするとまずAIが対応して部署に電話が回ったとき人の声となるが、ほとんどマニュアル通りの受け答え
故障があるとお手上げだ

ITピープルだけの世の中になったとき、生身の人間との付き合いができない人も多くなるのだろう。というより今まさにその傾向

70歳以上の人が人間の生き方の先輩として、自信をもって元気でいてほしいとつくづく思う

レジタル、アナログの共存社会を軽やかに生きたい



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与える、受け取る

2024年09月08日 10時53分09秒 | 日記
与える事より受け取ることの方がむつかしい
与え続けていると人は傲慢になりやすい
受け取るばかりだと人は依頼心を持ってしまう

この兼ね合いができるようになると、人生も卒業かな
実の両親の老いを傍で見ることはなく
近くにいた兄、姉や姪から聞く両親の老いの姿うぃとごとのように聞いていた

老いを美しいと感じたのは「姑」の姿
「愛」を受け取るのが上手だった
介護は小姑に任せきりだったので、できるだけ外に連れ出すのが私の役目とおもい、楽しそうなイベント、温泉や、美しい自然に連れ出していた
だんだん認知が進み私に会うたびに
「まあ比佐子さん久しぶり、私たちやはりご縁があるのね、本当にいつもありがとう」
小姑と目を合わせて笑う(昨日もあっているのにーー)
つれづれの仲間と宮崎の綾の手紬の研修旅行に行くと言ったら
「私も行きたい、これでしょう?」
秋山さんの綾の手紬を縫ってくれたのは姑、そして今はそれが車椅子で外出するときのよそ行きひざ掛け

道中の移動はつれづれの仲間が変わり替わり車イスを押し、それに対してニコニコ「ありがとう」と手を合わせて拝み、押してくれる人に必ず一言の誉め言葉「いい香りとか声が美しい,品のいい着物の着方ねなどなど」

すっかりみんなのアイドルになり、いわれるままに唱歌を歌ったり、そこはきものの仕立てのできる人、皆さんの寸法のとり方にも丁寧に答えていた

車いすの人が一緒ということでちょっとむつかしい顔をしていた人も、姑の自然体の明るさにすっかり態度を柔らかくして楽しんでくれた

姑はみんなに愛され、大切にしていただいて、とても幸せだったとそのまんまを口にして感謝している
羽田で別れる時、一人一人が姑を「おかあさんまたね」と言って抱きしめていた
愛を与えることの上手な人は、愛を受け取ることは更に上手と感じた


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テレビのリモコンが不能

2024年09月07日 09時31分36秒 | 日記
ここのところ電気関係の故障が多い
パチッとひねればぱっと明るくなり
リモコンカチャカチャ押せば見たい番組が自然に出る
なにもかも今の生活はスイッチオン

いったん停電になると誰もがパニック状態
冷蔵庫のものも痛んでいく
電気がどれほど人の生活を楽に便利にしたかを思う

テレビをリモコンで消そうと思ったら消えない
電池が切れたのかと思い新しいのに入れ替えたが作動をしない
あちこち手で動かせる場所を探すがテレビには手動が付いていない
仕方がないのでコンセントを外す
ほんの20分前につけた時はリモコンは作動していた

リモコンが作動しないということは
私が誰かを操っているのか
それをやめなさいということか

リーダーと操るということは似て非なるものがある
そこを間違っていると言う戒めか
しかし心当たりはない

便利さの中に矛盾があることを知らなければならない
生活に必要な水、電気、すべてスムーズに手に届くようになったのは文明の発達のおかげ
しかしこれらの公的なものは本来国が国民のために尽くすものだった
郵便国鉄もそうだった
それらが民営化され、企業は収益を主に考えるからサービスはおろそかになる
使いやすいものより利益が上がるものを作っていく

リモコンの故障で社会の不条理にムカついてきた朝
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姿勢が第一

2024年09月06日 09時33分13秒 | 日記
70歳を過ぎると日々背が縮むという
愈々自分にも来たかと思った
というのは
長襦袢の丈が長い、長すぎる、着物の裾から長襦袢が覗く
えええーー
夏の絽の長襦袢だ
愈々来たか

今日はとにかくこのままと思って一日裾から覗く長襦袢を気にして歩く
一年で2センチも背丈が縮む?
かなりショック

帰って汗が飛んだ頃を見計らってもう一度着てみる
長い
「腰上げするか」
と言って畳み始めると
「うん?」
袖の丸みの寸法が違う、私は3寸の筈なのだが、全く丸みがない
「あれー」
どうしてこの長襦袢が私の手元にあるの、いったい誰の・?
沈思黙考

長姉仕立てたばかりの絽の長襦袢の袖を通したら
「私背が縮んでね裾があわないから比佐ちゃん着て頂戴」
姉は160センチある、私は156センチちょうどいいともらったまま忘れていた

93歳で亡くなった姉は二センチ縮んでいたのだ
そして私は2センチくらい裾から長襦袢が出る
慌てて身長を図ると156センチもとのまま
ホっ

姉は姿勢が良かったからあの程度の縮み具合だったのだろう
先日あった同級生は8センチ縮んだといっていた
一般的には5センチは縮むそうだ
姿勢が大事だな、生きる姿勢も含めてそう思う
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徳川家康が総理大臣になったら

2024年09月05日 11時33分46秒 | 日記
強いリーダーか
ワンネスか
これからの日本の行く道がはっきりわかる映画
膝を打って笑って納得して観た
ドタバタに見えるけどしっかりシリアス、そして哲学も
日本中の人が見るといい

日本はやはり素晴らしい国だ
姿勢をただした人が多かった日本は底知れぬつよかった
自分の利益より民の利を考えるのがリーダー
りーだーは姿勢を正した生き方をする

姿勢をよくするために茶道の稽古をするという人も多い
姿勢をよくするためにきものを着ようといいたい

家康役の野村萬斎の姿勢の良さこれを見るだけでも価値ある映画

依存人間に教育された日本人は強いはっきりしたリーダを求めがち
これからは「みんながりーだー」
自分の心に聞くそれしかない

誕生日プレゼントと言って恵子さんがランチ付き映画鑑賞を企画いしてくれた
持つべきものはーーー最も誕生日は7月なので
「遅くなって利子付き」だって
ありがとう
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蚕再び国を救う?

2024年09月03日 09時41分33秒 | 日記
つまり日本だけではなく、世界的に「養蚕業」は衰退
頼もしいブラジルも一社になったのだと
昨日東京農工大の横山先生にお聞きした
では一位を誇る中国は?
それも減少の一途をたどっているという
インドは?
中国から買ってるよ

シルク伝道師を養成してシルクの強さ気持ちよさ健康にもいいなどの症例を出しながら伝えているが世情の流れと逆を行っているのだろうか?

種(蚕の卵)から作り孵化した時から蚕の主食である桑の葉を与える養蚕
種を購入し孵化させて桑の葉を与える養蚕
育てやすく病気にも強くなる「三齢」から購入して桑の葉を与える養蚕
(三齢までは人工飼料)
無菌状態の蚕室を作り人工飼料で一年中繭作りに励む蚕を育てる養蚕
より強い糸を求めて蜘蛛との交配を進める養蚕
綺麗な糸を要望して珊瑚と交配させ美しいピンクの繭を作り上げる養蚕
光る糸を作るためクラゲと交配して育てる養蚕
もともとの皮の葉にについている桑蚕を育てる養蚕
桑ではなくクヌギや栗,ヒビなどの葉を食べる蚕を育てる養蚕

いろんな養蚕があっても「蚕」はひたすら自分の仕事をする
この姿の尊さ
自分がこの世で何を成すか
チャ子ちゃん先生いつも蚕に教えられている

蚕の無条件の愛
自分のやるべきことを粛々とする姿勢
どんなことも受け入れて自分を保ち調和させる
しかもすべて美しく世の役に立つ

世界の養蚕もこの日本人の考察のように蚕に「感謝」という気持ちを持っているのだろうか?




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二百十日

2024年09月01日 14時10分36秒 | 日記
最も強い台風の来る季節であり
これから収穫に向かう農家の人たちの忙しさも半端ではなくなる
人も
今年の努力が実を結ぶかさまようのかの分かれ道
土と共に生きている人は
自分の立ち位置がきちんとわかっていて頼もしい
生活が安定するからと「給料とり」になっている人は、生活の糧を依存しているので不安が生じる

秋は身の回りのことをいろいろ考える時期だと思う。誰もが。
小手先で物事を処理してきた人は
この先むつかしいだろうなあ

小手先が効いた世の中はもう終わっているもの
でもそれがまだ使えると思っている人が多いのがあざとい

化けの皮が次々とはがれているのだが
皮がはがれている本人が裸になって居ることに気が付いていないというのもおもしろい

そういう世情の中で、今やけに某テレビ局の大河ドラマに人気があるらしい
昨日の昼再放送を始めて観た
なるほど少女漫画のように美しく華やかで恋も策もあって今風に面白い
ありえない夢がそこでは現実

生々しい戦争場面もなくコミックの世界なのだなあとゆるりと眺める

歴史好きの我が家は大河ドラマは家族みんなで正座してみていた(笑)
もちろん遠き昔のこと

久しぶりに見るテレビドラマはもはや知らない顔ばかり
道長役の役者は色っぽいなあ、道長いい人に見えるね
と言ったら何とかという役者の息子だと説明してくれた

役者も政治家も二世三世の時代らしい

こうして二百十日も大きな事故もなく暮れていく





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