保育の仕事を43年続けているwさん
年の暮れにゆっくり会いたいというので
午前中自宅の掃除をし
午後から買い物に出て
急いで約束の場に駆けつける
このWさんの一言で「比佐子つれづれ」を続けた経緯が或る
今から23年前
「来年からこの会は辞めようと思います」
と言った瞬間
「あっそれはダメです。絶対ダメです」とWさん
毎日の過酷な職場から、このつれづれにきものを着て出席する時間が
wさんにとって生きる上で絶対に必要な時間なのだと言う
そうすると
MさんもIさんもTさんもSさんも続けて欲しいと懇願
これほど大切に思われていたのかと
チャコちゃん先生はその日から根性を入れ替えて
まず仕事の優先順位を「比佐子つれづれ」にし
きものの勉強をもっと深くするようになった
43年保育士をしていると
二世、三世が生まれてくる
「子供好きなの?」
「いえスキではいですよ、でも面白いんですよ」
面と向かって子供と語り合う時間は
たった一人と話していても、意識は全体の子にわたっている
その感覚がとても面白いし充実している
「私にはエンドがあるけど、親はエンドレスですよね」
そのため、一旦時間で仕切り直しができるので
親の見えないものが見えてきて
その子の素質が俯瞰でわかるのだと言う
「いまこの場でどの子と目を合わせるとこの場が収まるか」
そういうことも一瞬に見極められる
「あなたのような先生少ないでしょうねえ」
「他にいないと思いますよ、其れくらい自信ありますから」
きものを着て静かなそれでいて優雅で粋な佇まいと
きびきびとそのとき、その子に熱中している彼女の姿の差がまぶしい
定年が過ぎ、いまはお手伝い状況だが
次を育てないままにこの世界から去るのは寂しい
「ね、腕章付けて若い保育士に指導すると言う制度はないの」
「公務員と言うのは四角定規ですからね」
wさんのような保母さんがあふれたら
働くお母さんはどんなに安心だろう
「この27年ずいぶんきものもたまったでしょう?」
「そうですよ、きものの仕事に切り替えたいくらいです」
幼い子供を見続けた経験を大人にも生かせるのではないかと
アレコレ夢を語り合った年末であった
年の暮れにゆっくり会いたいというので
午前中自宅の掃除をし
午後から買い物に出て
急いで約束の場に駆けつける
このWさんの一言で「比佐子つれづれ」を続けた経緯が或る
今から23年前
「来年からこの会は辞めようと思います」
と言った瞬間
「あっそれはダメです。絶対ダメです」とWさん
毎日の過酷な職場から、このつれづれにきものを着て出席する時間が
wさんにとって生きる上で絶対に必要な時間なのだと言う
そうすると
MさんもIさんもTさんもSさんも続けて欲しいと懇願
これほど大切に思われていたのかと
チャコちゃん先生はその日から根性を入れ替えて
まず仕事の優先順位を「比佐子つれづれ」にし
きものの勉強をもっと深くするようになった
43年保育士をしていると
二世、三世が生まれてくる
「子供好きなの?」
「いえスキではいですよ、でも面白いんですよ」
面と向かって子供と語り合う時間は
たった一人と話していても、意識は全体の子にわたっている
その感覚がとても面白いし充実している
「私にはエンドがあるけど、親はエンドレスですよね」
そのため、一旦時間で仕切り直しができるので
親の見えないものが見えてきて
その子の素質が俯瞰でわかるのだと言う
「いまこの場でどの子と目を合わせるとこの場が収まるか」
そういうことも一瞬に見極められる
「あなたのような先生少ないでしょうねえ」
「他にいないと思いますよ、其れくらい自信ありますから」
きものを着て静かなそれでいて優雅で粋な佇まいと
きびきびとそのとき、その子に熱中している彼女の姿の差がまぶしい
定年が過ぎ、いまはお手伝い状況だが
次を育てないままにこの世界から去るのは寂しい
「ね、腕章付けて若い保育士に指導すると言う制度はないの」
「公務員と言うのは四角定規ですからね」
wさんのような保母さんがあふれたら
働くお母さんはどんなに安心だろう
「この27年ずいぶんきものもたまったでしょう?」
「そうですよ、きものの仕事に切り替えたいくらいです」
幼い子供を見続けた経験を大人にも生かせるのではないかと
アレコレ夢を語り合った年末であった