チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

店じまい?

2023年11月30日 08時38分33秒 | 日記

今年はチャ子ちゃん先生の趣味の師匠たち、声楽、バレエを指導してくださるお二人が亡くなった

今日はそのバレエの先生に告別式

こういう感じになると「あなたはここらで店じまいしなさい」といわれているように思ってしまう

そういうことなんだなあーーと自分で納得する

しかし声楽も、バレエも後の指導者は健在、続けるかやめるかは私自身の問題となるのだがーー

 

茶道の師匠姉が亡くなったときから全くお茶の稽古はやっていない。存命中も熱心な弟子ではなかったけど、やはり稽古事は「人」につくんだと思う、稽古ではないが「仏の師」であった赤穂普門寺の住職もこの春旅たち、夜を徹して話しあっていたころが今や懐かしい

声楽は55歳からは始めた、「先生」といわれる自分自身を省みると、やはり傲慢なところが見える。それを意識的に謙虚に自分をしていくということにも限度があり、一計を投じ自分自身の仕事に全く関係のない稽古事をしてみようと思い、声楽を選んだ

幸い当時そばにいたマネージャーが「ママさんコーラス」に入っていて、その筋から先生を紹介してもらった

お目にかかると「素人を教える気は全くない」とけんもほろろ、二期会のプロや音楽学校の受験生などを教えているのでさもありなん。そこを粘って弟子にしていただいた

全くできないことをはじめから教わることで自分自身が謙虚になっていくのがわかる。それと同時に発声の基本ときものを着る骨の動かし方が同じで、新しい発見にワクワクしてきた。だから続いている

 

バレエも同じで「劣等生の自分」というものを感じることが必要だと思い、70歳でレッスンに通い始めた。先生は若いときプロとしてプリマを演じた実力者。しかし体を伸ばすところの基本を懇切丁寧に教えてくださる。固くなっていた筋肉もほぐれ、これも着物を着ていくときの骨の動きと連動をする。しかも音楽に合わせて自分自身の体を動かすことにうっとりする。外から見ると全く形にもなっていなくて滑稽なのだが、そんなことを指摘するのではなく、どの筋肉を伸ばすことで、体の動きがスムーズになっていくかを教えてくれる

 

足が上がらない。ジャンプができないという劣等感は美しい音楽で流してしまえる

こんな時間が自分にとって至福だったのだが店じまいかな?

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着物が繋ぐもの 567

2023年11月29日 08時09分51秒 | 日記

有田に行き旧東海道をそぞろ歩いた

街道は筋は「有田絞」の店が連なっている。どこでもそうだが街道に面した店は、入り口はもちろん、店は大きくあけられるようになっていて、そこの敷居に腰かけて、商品を見る家の構図になっている

作業場は店の奥で、そこには大きな蔵が二つ、三つ、店によっては五つもある大店がある

広重の五十三次の絵を見ると、鳴海有田の賑わいがいかばかりかしのばれるがーー今はひっそりと暖簾が風に揺らめいている

中にはデイサービスに姿を変えた店もある、また甘味処、レストランなど

時代の移り変わりというもののの容赦ない変貌に胸が痛む

 

もともとは大分の別府で始まった三浦絞りが、その主がこちらの終わりに持ってきたものだといわれているが、別府の温泉で湯上りに様に開発された絞りがココ鳴海有田に来て洗練されたともいう

それもひとえに東海道という街道筋にあることで、っ参勤交代の大名たちをもてなしたことから、洗練されていったのだろうか

京都の絞りが宮家や公家の人たちに愛されはんなりといた美に洗練され、こちらは武家や商人文化人たちに愛されたのだろう、藍が中心できっぱりとした美しさがある

美しい女人が湯上りの素肌に有松絞を着ている夕涼みの日本画は、今でも人々の心を打つ

結婚した女性は普通の浴衣ではなく、この有松の絞りの浴衣を着るのが憧れだった、という時代もあった。その姿が大人の女を思わせたのだ

 

有松の絞りやさんは参勤交代の大名たちへのおもてなしのため、家屋に贅を尽くしている。それはきらびやかではなく、家の作りはもちろん、柱、壁、障子、ガラス、畳、電灯、天井など日本家屋の粋が集められている。特に茶室の作り、戦争で焼けていなくてよかった!都心から思える。しかしおかまなどの金物は戦時の時供出させられたという。しかし先祖には賢い人もいて、美術品である鎌を土に埋めてき難を逃れている

此処にも戦争が文化を破壊する姿がある

 

よく絞りのきものはお茶室に向きません

というような文言を見ることがある。それはないでしょう?有松のこの茶室に有松絞の着物を着てはいけないなど無茶な

きものもその時代の文化を語ってくれる。わたしたちはきものを着ることによって、日本のあらゆる文化形態に近づくことができる

先人たちがきものを残してくれたことに感謝だ

江戸時代にできた山上の茶室に座り、きものを着ていることの幸せをつくづく感じた有松だった

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肝が据わる

2023年11月27日 09時49分06秒 | 日記

明治15年に開校された福岡女学院はプロテスタントの宣教師によって開校されたという

この学校の同窓会会長を務めている野田幸子さんのご尽力で「シルク時空をこえて」の上映会を開くことができた

16世紀フランスのプロテスタントの人々によって養蚕が盛んになったけど、国を追われ今度はヨーロッパの各地に散って、養蚕業をすすめ、更にまた国を追われ新天地アメリカに移住し、そこでも養蚕を広めた

「蚕」はあの小さな体で世界をかけめぐって私たちに絹というたぐいまれな布を授けてくれていた

しかし20世紀に入り化学繊維の方が労力を使わず「金」になるということで化学繊維は一気に世界を制圧してしまい、絹は王侯貴族のもの、絹は弱い、絹は洗濯できない、絹は――絹は――とその弱さを宣伝され、養蚕業が衰退して今になる

 

こういうチャ子ちゃん先生の話に耳を傾けてくれた野田幸子さんは、同じプロテスタントの思想を持つ母校での「シルク時空をこえて」の上映を決心してくれた

開演の当日に至るまで、日本の近代国家を培った「生糸」の話を伝え続けたが、耳を貸す人は少なかった。

しかし今この映画の内容を若い学異性たちに見てもらい、日本の先人たちの思いや働きを再認識し、日本人としての誇りを持ってほしいという気持ちで、幸子さんは多くの人に声をかけた

それは我々の祖先が、未知のものに対しても果敢に行動する姿を見てほしいという思いもあったのだ

しかしまず同窓生たちへの呼びかけに苦労する。きものを着る人も少ない今「何でシルク?」そんな映画を見せて人が集まらず失敗したらどうするの?いろんなマイナス言葉を浴びせられながら上映にこぎつけ、それは大盛況だった

なぜ?

この映画を見ることで信仰という本来誰でもが持っている、日本人なら日常でもある、自然崇拝のと生命あるものに対する感謝の気持ちがよみがえることを幸子さんは感じていたから、「最悪の場合はすべてに責任を取るし、赤字になれば自分が負担する」という肚が決まっていたから

 

反対を唱える人たちと戦わず、意見をしっかり聞きでも私はこういう理由で、この事業をした方がいいと思う

という柔らかい態度で反対意見を否定せず、受け入れたうえで自分の意見を変えないという態度

野田幸子さんは、学校の名誉、卒業生の誇り、在校生の希望を、同窓会会長として果たしたとチャ子ちゃん先生は感じた

 

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シャーマン

2023年11月24日 08時22分19秒 | 日記

もともと「人」はみんなシャーマンだったと思う

物質政界や競争世界になりこのシャーマン体質から離れていった人が多い

シャーマンは争わないしすべてを受け入れそれからまた新しいものを生み出していく

本来の天皇陛下もみなさんシャーマンだった。

大嘗祭が行われる数年前から仲間と大麻と絹の研究を始めた時、大麻がなぜ日本の国に必要かということが「麁服」と「繪服」の大嘗祭での必要性を知って、天皇陛下が国の安念、世界の安念を願う意味が理解できた

アの大嘗祭で行われる神事によって天皇陛下はすっかりと変わるのだという

安泰を願うというのは太平の世の中のことだが、安念を願うというのはそれぞれの「魂」のことを言っている。それは人だけでは無く、命あるものすべての魂に安念を願うのだ

わが天皇陛下はこのような壮大な尊厳の心をもって、国民とともに歩んできた。だから宮中祭祀が頻繁に行われていることからもうなずける

日本はそういう国だったのだ

 

一般の我々も第六感とか、直感というものを持っているし、ここに心を止めておくと、心の騒がしさがなくなる

瞑想をしたり、滝に打たれ無我夢想の状態になるのも、本来の自分にあるシャーマン体質の再生ではないのかとおもう

三歳までの子供はこの体質を持っているので、自分にとっての危険なことや、本当に心から優しい人の見分けがつく。それを日常の言語で言い表せないのだが、彼らはきちんとしゃべっている

 

今までいろんなシャーマンに出会ってきた

そして分かったのは、どんな人の中にも「神」が住んでいるということ、それを潜在意識という人もいるが、もっと素朴に考えたほうが自分自身を理解しやすい。つまり本当の信仰を持っているかどうかにかかっている

「良心に従って」という言葉は「神の意思に従って」ということだと思う

 

昨日は二の酉で「お酉様」は大賑わい。神様に感謝することで本来のシャーマン体質が再生され、縄文時代のような「争い」のない社会を築けるのではないかしらん

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買わない贅沢

2023年11月22日 15時21分00秒 | 日記

モノを買わないと必要なモノが集まってくる、

昔からこの手のことはよく言われてきた。しかしなかなかできなかった

モノヲ持つ方が正解という日常だった

過去いろんなモノ持ちを見てきた、眼鏡50っこ、時計20個、靴100足、洋服数知れず、きものもしかりなにもかもモノにあふれている人たちが大勢いた。そのために広い部屋も必要で、それ等を賄うために収入も多くしなければならない、いかに稼ぐか、しかも労働をしないで、お金がお金を稼ぐ方法が多くの人に教えられた

戦前の教育だった「いいものを少なく持って大事に使う」という日本人の気風は一気に消えた。

 

今この4年間のつつましい生活の中で、人のモノに関する考え方も変わってきた。というより本来の姿に戻ったというべきか

買わない習慣が身につくと、モノに対しての感謝が深くなる

今外国からのお客さんたちが、デパートを始めいろんな場所で爆買いをしている姿を見て、一昔前の日本人の買い方を思い出す

モノを持つことが安心という神話ができていた。だからモノは大量生産をするものと決まっていて、たくさんのモノが作り出されていた

きものもその一つで不動産や株で当てた方が、一つのメーカーのきものを1000枚も持っていた。衣装蔵を建てた大金持ちがいて、その虫干しを手伝ったことがあるが「疲れただけ」

面白いのはその時手伝っていたデパートの番頭さんが「先生何かまだ足りないものありませんか?それをおっしゃってください」とチャ子ちゃん先生に頼み込む、きものは何百枚とあるのに長襦袢や下着が何枚という数だ。表の高額なものしか売るつもりがないとみたので、返事をしなかった。この衣装蔵の主は、どうもきものなぞ着るつもりはないらしい。足袋も5足くらいしかなかったしみんな新品

 

このような人の着物が今市場に出ているようだ、モノが人のものになって生き返るのだとしたら喜ばしい

いいものを持つということは、本物の職人を育てることにもなる。大量生産は機械の発達だけが進む

必要なモノだけに囲まれる幸せはパンデミックのおかげかも

 

 

 

 

 

 

 

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16時間の絶食

2023年11月21日 09時03分06秒 | 日記

おかしなパンデミックに入って、出かけることが少なくなり運動不足になったので、一日二食の生活を始めた

つまり18時ころ夕食を軽くとり、昼の12時まで梅干し一つで過ごす。ということは毎日16時間は消化器を休めている

大体チャ子ちゃん先生は「食べ過ぎ」のきらいがあり、それによって腰が痛くなったり、捻挫をしたり、咳が出たり、便秘になったりもする

病の原因のすべてが「食べ過ぎ」であると思う

「腹八分医者知らず」という言葉があるが、アーユルベーダ―によると70歳過ぎたら「腹6分」が理想という

目が卑しくそれができないので、16時間絶食にした

しかし

ここのところ食べ過ぎが続いていて、早速「くちさき女」になってしまった。体質的にどういうわけか食べ過ぎが続くと、口の右側が裂けて痛い。キップパイロールを唇に塗り、食事の量を減らす(これがなかなかできない)そうするとすぐ治る

地方出張が続いたときはできるだけ食事の量をお減らす。そうすると疲れない

こういうことを体が教えてくれるのだが、この教えは「絹」のおかげだということが最近分かってきた。それともう10年近く愛用している「ラドンマット」もかなり協力的だ

 

絹が人の健康にどれだけ貢献しているかは、チャ子ちゃん先生いろんなところで話しているが、なかなか信じてもらえない。日本の海軍が下着に絹のふんどしやシャツを着ていたことは、取材で分かったのだが、その理由は絹の持つ「保温性」「保湿性」「放湿性」「速乾性」にあるということを教わった。

私たちの体にある、260個もある汗腺から水分が出ていて、寝てるだけでも牛乳瓶一本分は水分を放出している、その水分をためておくと風邪をひいたり、菌が繁殖する。それを放出できるのは絹が一番。そうするとヒトの皮膚の表面近くにある血流の働きも旺盛になる

そのようなことで肌着として絹が用いられていたという。フランスの陸軍も使っていて、大正時代はくず繭や木鼻祖を紡績糸にして織った「富士絹」が絹織物の輸出の華でもあった

 

そういう絹に包まれていると微妙な体の変化を教えてくれる

明日の「チャコちゅうぶ」で更に詳しく話すつもり

 

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選民意識

2023年11月20日 08時35分10秒 | 日記

日本人は優しくて清潔で勤勉で親切、いい民族だとは思うけど、他国と比べてすばらしいという考へはチャ子ちゃん先生にはない

民族同士を比べるということがすでにおかしいと思う

それぞれの民族にはその民族にあった文化がある。それは先祖から繋いできたものだ

つながってきた文化に自分をどう生かしていくか、その文化を誇りに思って次の世代につなげていけるか、それぞれが自分で選択するものだろう

 

世界の戦争を見ているとこの「選民意識」が働いている

先日イスラエルの外務大臣?が「パレスチナ人は人の皮をかぶった動物だから徹底的にやっつけてもいい」という言葉を吐いていたニュースを見た。翻訳がそうなのかどうかは定かではないが、この地方は旧約聖書の聖地、その昔から争いの絶えないところだ

その基本的な原因が選民意識、自分たちは神に選ばれている民族だから、他の民族を平気で奴隷として扱う

 

翻って日本人はどうだろう?

選民意識がないとは言い切れないように思う、また逆に自虐意識を持つ民族という姿もある

そのどちらも自然ではない

そしてすぐ我々の先祖縄文時代は15000年も争った形跡がない、日本人は平和を愛する唯一の民族だ!と言い募る

最近は特にその傾向が強い

 

確かに縄文の文化は素晴らしい、ここは人々がすべて平等、更に一人一人が自分の役割を深く知り、その役割を全うした人生を送っている。それこそが本来の人間の姿だと思う

リーダーはいなかったか、いた、それはシャーマン的な存在で高次元とのコンタクを採れる人が「長」になっていたようだ。その「長」は人々が平和に暮らせるように導いたリーダーであった筈だ。少しでも「選民」のような考えを持ったらきっとつぎの「長」に代わっていったのだろう

 

平和に暮らすというのは「自分の道を自分で歩く」ということで人に決められた道を歩ゆむことではない

最近巷で、選民意識の植え付けが始まったようだ。自分の考えを押し付けることがすでに選民意識 くわばらくわばら

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茶道

2023年11月19日 09時14分18秒 | 日記

今さらながらなのだが「茶道」の作法を教わることで、日本人としての根本的な作法は身につく

頭で理解するのではなく、体が覚える

茶室の中のしつらえから書道、華道,香道、礼法、更に季節感、モノの扱いかた、会話の作法、声の出し方、音の受け取り方、歩き方の基本などなど、この茶室の中にすべて詰まっている、

物心つくと「お茶のお稽古」をさせられた昭和前期までの女たちは、家でのしつけのほかにこういう衆目の場での躾を目指していたのだとわかる

つまり茶道が基本中の基本で、他にお琴や仕舞などがあり、そして日本舞踊、三味線、などに広がっていくのであろう

謡曲や常磐津は男の稽古事、他に弓道や、剣道、柔道なども

 

日本人の稽古事は精神を整えるということに種目を置いているので、勝か負けるという感覚はそこには生まれない

時々明治神宮に散歩に行くと少年剣士たちに会う、すれ違う時彼らは美しいお辞儀をする

お辞儀といえば先日鳥居をくぐる前、厳かで美しい「真」お辞儀をしている男性を見かけ、思わずついていった

チャ子ちゃん先生といえば鳥居では「草」のおじぎしかできていない

この男なんだろう?本殿に入っても「真」のお辞儀、こちらもついつい丁寧なお辞儀になる

そしてパーカーの頭巾を取って本殿にて挨拶する姿を見たら「市川團十郎」その人だった。舞台での作法を幼少から鍛えられていたのだなと納得。あとでうわさ好きの知人に聞いたら、この明治神宮の近くに住んでいらっしゃるとのこと。散歩なのだ

 

鍛えられた人は何気ない場所でも、きちんとした作法ができて当たり前なのだろう

明治の始め、新政府の使節団がヨーロッパに行ったとき、フインガーボールの水をお薄を飲むようにして飲んだ人がいて、なみいる列強のフランス人がその作法をまねした、という誰かの日記を読んだことがある

文化の違いはいたるところにある。自国のやり方を押し付けるのがいいのか、相手の文化に迎合するべきなのか、正解はないと思うけど、自分に自信を持ち誇りがあればそれは相手も承認することになるのだろう

 

茶道で培われた作法はどこに行っても恥ずかしくない

 

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水戸黄門

2023年11月17日 08時41分06秒 | 日記

今頃になって「水戸黄門」にはまっている

BSで毎夕6時30分から放映されていて、その時間に夕食を摂るという習慣になった

リアルでは一本も見ていないので、50年くらい前の撮影らしいが、日本語が美しいし、景色もいい、更にきものを着た女優さんたちの立ち居振る舞いがきれいだ。そして内容がその土地の産業を詳しく説明してくれる

日本国漫遊で藩がその地の産業をどう育てていたかがわかって、今はもうさびれているところもあり、それはやっぱり「悪代官」と「悪得商人」と結託のせいだったのかと思ってしまう

筋書きは単純なだけに、各地方の特徴を生かした風物がおもしろい、衣装もよく研究されているが、当時の女たちがつけまつげをしているのがご愛敬、笑える。作りごとなので、別につけまつげをつけていようが一向にかまわない

水戸黄門は何代も続くらしいが、いま放映中の黄門さんは初代で、俳優座の重鎮東野英二郎さん。俳優座の創設者のおひとり。舞台は何回か見たことがあり、映画でも名わき役を務めていらした

筋書きが同じなので、その地方の産業や民百姓の描写を丁寧にしたのであろうか、思いがけずいろいろ参考になっていて面白い

今も昔も権力の座にいる人たちの「お金」に対する欲の深さ、人間の営みの中でもっとも味がいいのだろうか?、しかし必ずその悪行は罰せられる。「正直者が損をする」という世の中はもう終わったと思う

 

さて

いまだ人気番組らしくコマーシャルが多い。その内容は老人向けで、目が見えなくならないためにこの薬、頻尿を抑えるためにこの薬、大腿骨を守るためにこの薬、野菜が足りないのでこれ、と薬の宣伝ばかり。脅しては薬を勧めている

こうして日本の年配者を薬漬けにしているのだろうか?

 

チャ子ちゃん先生は、くすりはリスクと思っているので、ここ40年薬は飲んでいないが、自分自身の免疫を上げるためのコマーシャルはできないのだろうかと思ってしまう

お金を充分にかけたドラマはそのしつらえに目がいき楽しめる、どんどん再放送をしておくれ

 

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子供の通過儀礼と長寿の祝い

2023年11月16日 09時03分55秒 | 日記

昨夜の「チャコちゅうぶ」で気が付いたけど子供の通過儀礼が八つ

長寿の祝いも八つ

日本人の感性ってなんだかすごい

成長する子供を大人たちが喜びの目で見守り

長き生きた人々を尊敬のまなざしでいたわる

こういう国に生まれてきたことにチャ子ちゃん先生は感謝する

 

お七夜で名前を付けてもらい、この地球のお仲間に入る

お宮参りで氏神様にこの地で生活することのご報告 

お食い初め、葉がぼつぼつ生え始める時期 お茶碗やお箸などが添えられていく

初節句 乳飲み子から子供へ

初誕生日 一生餅の祝い

髪置きの儀 三歳 髪をそろえる

着袴の儀 五歳 袴を着け男の子として生きる

帯解きの儀 七歳 着物についていた紐を解ききちんとした帯を締める 女の子として生きる

そして長寿

還暦の祝い 60歳 干支が一回り 第二の人生の始まり

古希の祝い 70歳 人生わずか50年という時代、70歳まで生きた人に「古希まれに」という言葉から

喜寿の祝い 77歳 喜びが重なる 

傘寿の祝い 80歳  傘の形

米寿の祝い 88歳 八十八を縦に並べるとお米

卒寿の祝い 90歳 九十を縦にすると卒

白寿の祝い 99歳 百から一本棒を取ると白

紀壽の祝い 100歳 一世紀を生きた

喜寿からは語呂合わせみたいなことだが、子供と老人を大切にする国民性が誇らしい

 

さらに子供通過儀礼の祝いは子供が主賓

長寿の祝いは本人は末席に座るのだそうな、昔はね 今は晴れ着を着て主賓でいさせてほしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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