北海道新聞論説委員 堀野 収
リンゴが落ちるのを見て万有引力を着想したニュ-トンは、ずぬけた 才能の持ち主だった。力学の法則と万有引力の法則を組み合わせ れば、地上の物体の運動も惑星の運動も統一して説明できると考え た。大著「プリンキピア」にそれが結実し、彼の物理学は不動の地位 を得た。しかし晩年のニュ-トンは物理学ではなく、神学や錬金術に 没頭した。科学者の集まりであるロンドン王立協会の総裁になってか らは権勢を振るい、それゆえ英国の科学は大陸に後れを取ったとい われる。
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現代科学の最大の問題の一つは地球温暖化だ。地球温暖化に関す る政府間パネル(IPCC)が昨年公表した第4次報告書は「20世紀後 半の気温上昇は人為的である」として二酸化炭素(CO2)などの排出 削減を訴えている。これに疑問を唱える学者らがいる。懐疑論者には、 IPCC報告書は晩年のニュ-トン並みに頑迷固陋な存在と映るのだろ う。懐疑論の中身は多様だ。「温暖化は起きていない」「寒冷化の兆 候がある」「CO2は温暖化の結果として増えた」「CO2より水蒸気の 方が温暖化効果が大きい」などと続く。洞爺湖サミットが終わった今も 書店に懐疑論やそれに類する本が並んでいる。「地球温暖化・・・そん な瑣末なことはどうでもいい」とする本も、「リサイクルは無駄」との主張 もある。だがIPCC報告書を、晩年のニュ-トンと一緒にはできないだ ろう。報告書は世界130カ国の450人が執筆し、2500人の科学者 が内容に目を通した。しかも人為的による温暖化説については、90% の確かさでしかないとして、論争に応じる余地を残している。地球温暖 化は気候変動や生態系の変化など複雑な要素が折り重なって、現象 として現れる。この複雑系を解くのは、ニュ-トン物理学で天体の運動 を説明するほど簡単ではない。科学論争は大いにやるべきだ。それで も懐疑論には首をひねる向きが多い。現象の一部を切り取り、部分的 な因果関係を頼りに全体を論じ、温暖化否定に結び付けるような論法が 目立つからだろう。現実の問題と、どう向き合うのかも気になる。温暖化 が事実なら、いま排出抑制をしなければ、将来深刻な状況に陥る可能 性が大きくなる。懐疑論者が「地球は温暖化していない」と言うのなら、 仮説としてではなく、温暖化が起きていない確かな根拠を示す必要が あると思う。
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懐疑論の幅は広く、「温暖化は文明を発展させる」というのもある。温暖 化で真っ先に打撃を受けるのが貧困国だということをどう考えるか。社会 の課題にどう優先順位をつけるかは、別の問題だ。学者と称する人が評 論家的な言動に終始するのも品性を疑いたくなる。懐疑論が多少なりと も支持される背景には、怪しげな温暖化対策がまかり通る現実がある。 そのまま燃やせば効率がいい廃プラスチックを、わざわざ液化して燃料 にする。食べ物から燃料を作る-。安値で意義が疑わしい計画に税金や 社会の労力が投じられているのは、たしかにおかしい。だからといって懐 疑論が正しいことにならない。なにが確かで、どうすればいいか。当たり 前だが一つ一つ吟味するしかない。
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