福井県史 通史編1 より
越前国押領使 伊傳 のあとに為延がくる。
左下に「以成」がみえる。
この「以成」が「以邦」の実父である。さらに以邦の祖父は大江通景という。
其の以邦の息が清原信定(進士判官)に入り「清定」となる。
清定の息「長定」は斎藤を称している。(疋田斎藤氏である。)
以成の父が大江ということは、清定の曽祖父が大江通景である。
応徳三年(1086年)・寛治元年(1087年)学生大江通景と朝野群載に記述があるそうである(後には大外記・伊勢守になっている)
大江氏と斎藤氏と清原氏の接点がこの「清定」なのだろうと思う。