1280年前後~1300年前後生まれ、と思われる小堀五郎と九里小五郎兄弟。
このころには、まだ系図上には「熊野」という文字は見えず、
助恒に『六角・道誉 元弘・建武 袖切』とあることから、(小堀は後述)、九里は近江にいたと思われる。活動期は1331-1336年であったようだ。
九里は京極の祖となった佐々木氏信の四男と言われた宗綱と関係があったのではないだろうか?
なぜならば、一説では、佐々木宗綱の妻は野尻時光の娘で、野尻時光=波多野義重の息である‥‥というのだ。
このあたりで、佐々木氏と波多野氏との接点ができている。
更に京極氏のテリトリー内に小堀氏が住んでいたように思う。
京極氏遺跡群
赤い矢印 が 小堀町
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小堀の祖は秀郷流の佐野氏という説と系図があるが、私は小山氏もまた関係があるような気がしていて、佐野氏と小山氏の両氏と関係があったのではないかと思う。小山氏と共に熊野にやってきたのではないだろうか?
それは、家臣としてかもしれない。
その辺りを調べている。