万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

自由貿易主義で国家は何を失うのか?

2018年09月07日 16時43分34秒 | 国際政治
戦後、自由貿易主義は国際経済の基本原則となり、各国は、こぞって関税率の引き下げや数量規制の撤廃等に熱心に取り組んできました。二国間であれ、多国間であれ、他国との自由貿易協定や経済連携協定の締結も政府の通商政策上の重要課題となり、その結果、現在に至るまで数多くの地域的経済圏が誕生してきたのです。しかしながら、トランプ政権が着手したNAFTAの見直しが象徴するように、今日、自由貿易主義は曲がり角に来ているのです。

 それでは、何故、自由貿易主義、あるいは、グローバリズムは、現実を前にして立ち尽くすことになってしまったのでしょうか。この問題を考えるヒントの一つは、9月6日付の日経新聞朝刊に掲載された記事に見出すことができます。記事の内容は、インドネシア政府による関税率引き上げとインドネシア・ルピアの相場下落に関するものであり、その原因として、同国が抱える貿易赤字を指摘しています。

通常、何れの国も貿易決済不能に陥らないよう、IMFに加盟すると共に、外貨準備を積み上げています。しかしながら、赤字が恒常化する、あるいは、外貨不足が深刻化する場合には、政府には、幾つかの取り得る政策手段があります。最も一般的な手段は、(1)関税率を引き上げて他国からの輸入量を減らす、(2)自国通貨を切り下げて自国の輸出競争力を高める、(3)他国からの輸入を手控えて自国製品で代替する、(4)外部からの融資や支援を受けて急場を凌ぐ、の4つです。これらの手法はごく一般的な経済政策の‘いろは’でもあり、政府は、デフォルトや通貨危機を脱し、自国経済を救うために自らの政策権限として実施してきました。乃ち、貿易から生じる不均衡問題に対しては、(4)の国際機関のIMF頼みのみならず、(1)・(2)・(3)という各国政府による政策の実施も、救済・調整機能を果たしてきたのです。

今般のインドネシアの措置の場合、政府が意図的にルピア安に誘導したのかどうかは分かりませんが、少なくとも関税引き上げについては、その目的が貿易赤字の改善であったことは確かなようです。同記事は、取り立ててインドネシア政府に対して批判的な論調ではなく、むしろ、理解を示しているようにも読めます。ところが、同様の措置をアメリカが取りますと、雨や霰の如くに批判の矢が降り注いでくるのです。トランプ政権が実施している関税引き上げ、ドル安容認、自国製造の推奨は、まさしく貿易赤字国が採る常套手段に他ならないにも拘わらず…。

古典的な自由貿易主義理論は‘予定調和’を説いており、自由貿易主義、あるいは、グローバリズムは、その理想を実現しさえすれば、自動的に全ての諸国に富をもたらすとする錯覚を与えています。しかしながら、現実は、貿易収支の均衡も互恵的な富の配分も実現するわけではなく、誰もが‘予定調和’に懐疑的にならざるを得ないのです。そして、この現実が明らかにしたのは、一旦、自由貿易協定や経済連携協定を締結してしまうと、国家による救済・調整機能が失われるという点です。この現象は、EU加盟国であるギリシャのソブリン危機でも見られましたが、同国では、条約の縛りにより(1)から(3)までの政策を採ることができず、主として(4)に頼るしかありませんでした。通常の経済協定では通貨統合を含みませんので、(2)の政策を採ることは可能でも(それでも、他の加盟国から為替操作として批判されるかもしれない…)、関税率や輸入量の見直しによって救済・調整機能を果たすことは最早できないのです。

今日、TPP11が発足する見通しとなり、RCEPについても年内大筋合意に向けた動きも見られます。しかしながら、1993年に欧州市場が誕生した際に、多くの人々が‘バラ色の未来’を夢見たものの、現実は思い描いていた通りにはなりませんでした。TPP11等の枠組でも、発足には漕ぎ着けたものの、その後、国際収支の不均衡等に起因して金融危機、財政危機、並びに、通貨危機をはじめ、深刻な経済問題に直面した加盟国が出現した場合、一体、どのように対処するのでしょうか(EUのような救済の仕組みもない…)。

多国間による広域的経済圏の形成は、同時に、政府が、全てではないにせよ、経済分野で発生する危機や問題に対する有効な政策手段を失うことを意味します。現実を見つめますと、自由貿易主義の危うい理想を貫くよりも、国家の救済・調整機能を維持し、内外の経済が調和するよう、これらを上手に活かすことこそ肝要なのではないかと思うのです。

よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする