万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

SNSサービス事業者が私的検閲機関になる?-EUの言論規制

2018年09月28日 11時03分27秒 | ヨーロッパ
報道に拠りますと、EUの欧州委員会は、フェイスブック、ツイッター、Youtube等のSNSサービス事業者との間で利用者の投稿内容をチェックし、不適切と判断された投稿を削除する方向で合意したそうです。規制導入の理由としては、移民・難民問題を背景としたヘイト・スピーチ、並びに、イスラム過激派等のテロリストによるSNS利用が挙げられています(移民受け入れ側と移民側の両者)。

 因みに日本国憲法でも、その第21条2項には、「検閲は、これをしてならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」とあり、検閲行為は固く禁じられています。習近平体制の下で情報統制が強引に推し進められている中国の状況を念頭に、検閲反対の声は、兎角に政府に向かいがちであり、政府が検閲に乗り出しようものならヒステリックなまでの拒絶反応が起きるのですが、民間企業による検閲については、民間企業=自由というイメージが隠れ蓑となって見逃されがちです。しかしながら、政府であれ、民間であれ、誰であれ、SNS上の投稿の事前削除が、一般人をも対象とした検閲行為であることには変わりはありません。この観点から今般のEUの規制を見てみますと、幾つかの疑問点があります。

 第一の疑問点は、SNSサービス事業者が民間による私的検閲機関と化すリスクです。今般の法規制では、投稿の削除作業はこれらの事業者に丸投げされています。乃ち、SNSサービス事業者は、自らの主観的な判断で投稿を削除することができるのであり、その作業は、企業の組織内部で秘密裏に行われます。SNSとは、オープンな言論空間を提供しているように見えながら、その実、私的検閲機関と化した事業者によって言論が裏からコントロールされていることとなります。SNSサービス事業者とは、典型的なグローバル企業であり、かつ、同分野は‘ユダヤ’色も強いという特徴がありますので、自己の基本スタンスに反する移民反対やイスラム教に対しては、とりわけ、厳しい‘検閲’を行うかもしれません(中国には優しいかもしれない…)。

 第二の疑問点は、EUの規制は、SNSサービス事業者の私的検閲機関化である同時に、その本質においては、公権力による間接的な検閲に当たるのではないか、という点です。近年の動向を見ますと、ヘイトやテロに関してだけは、公権力による検閲が許されております。しかしながら、この問題と結びつく移民・難民問題は、今や、欧米諸国を中心に最も関心の高い政治問題と化しています。日本国内でも在日外国人の急増、並びに、政府による事実上の移民政策への転換により、さらに国民の関心は高まることでしょう。今後とも、移民をめぐる議論が活発化することも予測されますが、EUが、今般、規制強化に踏み出したのも、EU自身が移民推進派であることと無縁ではないのでしょう。つまり、自己に都合の悪い言論に対しては、SNSサービス事業者に対して厳しい取り締まりを求める可能性があるのです。

 そして、第3点として挙げられるのが、ヘイト・スピーチやテロ扇動に反応する人々が、当局が恐れる程多いのか、という疑問です。仮に、特定の民族集団に対して虐殺や弾圧まで招くような事態が起きるとすれば、第二次世界大戦前夜のドイツ人のように、一般の人々が極限まで追い詰められるような時代状況を要します。統治制度も整い、事情の異なる今日においては、単なる移民反対の声であれば平和的手段、例えば、移民の送還などの立法措置で解決できるのであり、多くの人々がこのことを認識しているはず。イスラム過激派によるテロ扇動については、殺人の教唆の廉で刑法上の規制対象となるのでしょうが、少なくとも、一般の人々による移民反対の意見を事前検閲によって封鎖する行為は、言論の自由を侵害しかねないのです。この点に鑑みれば、ネオ・ナチ運動などは、敢えて過激な行動をデモンストレーションすることで規制を正当化する‘マッチポンプ’の疑いも拭い去れません。

 EUであれ、SNSサービス事業者であれ、政治的に中立な立場にあるわけではありません。そうであるからこそ、これらによる事前検閲は、一般の人々から言論の自由を奪い、言論空間に監視網をかける結果を招きかねないリスクがあります。移動の自由が認められても、言論の自由を失うのであれば、人の精神的な自由という人間存在の本質に照らせば、本末転倒であるように思えます。最低限、サービス事業者に対しての削除された理由の開示、ならびに、その理由が不適切であった場合の再掲載を求める権利は、投稿者に確保されるべきではないのでしょうか。

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