万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本産農林水産物1兆円輸出プロジェクトの問題点

2018年09月21日 11時01分52秒 | 日本政治
 貿易自由化の波は農業分野にも押し寄せ、国際競争力に乏しい日本国の農業は、常に守勢とならざるを得ない状況にありました。その一方で、日本産の農林水産物の品質は高く、また、日本米、日本酒、醤油、味噌など、和食ブームによる料理素材に対する海外需要は、近年、著しく伸びています。この側面からしますと、日本国政府が進めている農林水産物・食品輸出拡大方針は、自国の強みや特性を活かすのですから、政策の方向性としては間違ってはいないように思えます。しかしながら、問題点が全くないわけでもなさそうなのです。

 第1の問題点は、日本国の食糧自給率が極めて低い点です。日本政府が打ち出している輸出拡大政策には、明確な目標が設定されています。それは、2019年までに輸出総額1兆円を達成すると言うものです。2016年の輸出実績は、既に7502億円に達していますので、冒険的とも見える1兆円という数字も夢物語ではありません。その一方で、日本国の食糧自給率は2017年度のカロリーベースで38%であり、1961年度の78%から一貫して低下し続けています。余剰生産力を有する国が輸出に熱心となるのは当然ですが、日本国の場合、自国の食糧生産が十分ではないにも拘わらず、輸出を拡大させますと、食料自給率の低下に拍車をかけることとなります。

 第1の問題に関連して第2に挙げられる点は、日本国内の食料品価格の上昇リスクです。食糧が不足する状態で輸出を増やしますと、国内市場に出回る農林水産物の供給量が減少しますので、価格の決定要因の一つである需給バランスが崩れます。つまり、日本国内では品薄状態となり、国産品の価格が上がる可能性があるのです。物価の全般的な上昇は、その原因が何であれ日銀としては歓迎なのでしょうが、国民の家計を直撃します。

 第3の問題点は、第2の問題点の解決策として安価な外国産の輸入を増やした場合、第一の問題点が悪化すると同時に、‘安全で高品質な国内産は海外富裕層向けに、安全性が低く低品質な外国産は日本国民向けに’という、一種の‘国際分業’が成立してしまうことです。この状態に至りますと、土壌や大気がクリーンな日本国内の農村は、ブランド化された輸出向け農産物の生産地となる一方で、日本の一般家庭の食卓には、新鮮で安全な食材が上らなくなります。今日、健康ブームで国産品の需要が高まっている折、日本国で実る海や山の幸は、一般の国民にはさらに手の届かない高級品となりましょう。数年前のまぐろの初セリで、香港の事業者が法外な値で日本人事業者に競り勝ちましたが、資金力に優る海外勢力の手にかかれば、国産の農林水産物、否、日本の農業は、海外勢力に押さえられてしまうかもしれないのです。

 以上に主要な問題点を3点ほど指摘しましたが、政府が、目標数値の達成を最優先事項と見なし、さらなる輸出拡大策を推し進めますと、この政策は、家計のエンゲル係数を上昇させ、食の豊かさを失うという意味において望ましいとは思えません。この点を踏まえれば、まずは国内の食料供給、農業の高付加価値化、農地の有効利用等を第一とし、その上で、日本国民にマイナス影響を与えない範囲において輸出拡大政策を採るべきなのではないでしょうか。日本国中に輸出向けプランテーションが乱立する光景が、未来の日本国の姿であってはならないと思うのです。

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コメント (6)
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