万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

農家と消費者との情報共有が必要

2025年03月05日 11時35分38秒 | 日本政治
 今般、異常なまでの米価高騰が起きたことで、これまで国民の多くにあって意識されてこなかった様々な問題も表面化することとなりました。その一つが、農家と消費者との隔絶状態の問題です。農家は、消費者の現状について多くを知らず、逆に、消費者も農家の実情を知らないのです。両者が隔絶されているため、お互いに誤解や無理解が生じているとも言えましょう。

 例えば、適正な米価については、1年前の2倍、即ち、今般の米価高騰で記録した5キロ4000円や5000円を超える価格が、米作農家にとりましては採算がとれる妥当なレベルとする意見があります。農地の形態や規模並びに環境等によって生産性や収益性に違いが生じますので、この見解が、全ての農家を代表する意見であるのか、あるいは、一部の農家の‘希望小売価格’に過ぎないのか、消費者には判断ができません。その一方で、仮に、適正価格が同レベルで高止まりすれば、一般の消費者の家計が圧迫されます(所得が低い世帯ほど生活が苦しくなる・・・)。当然に、買い控えが起きるでしょうし、お米の消費量の減少は避けられなくなりましょう(日本国民の主食の座を小麦等に譲りかねない・・・)。お米が売れなくなりますと、たとえ高値が維持されたとしても、農家の収入は減少し、米作を諦めざるを得なくなるかもしれません。これでは、農家も消費者も、共に‘敗者’となりましょう。

 また、消費者と農家との間の意思疎通の欠如は、減反問題の原因の一つでもあります。今般の米価高騰については、政府による長期に亘る減反政策の結果、お米の供給量に不足が生じたことに起因するとする説があります(ただし、減反政策は2018年に廃止・・・)。水田面積を政策的に減らす主たる理由として、政府は、消費の減少を挙げています。需要と供給との関係からすれば、価格を維持するためには、需要の減少に合わせて供給量を減らす必要があったとする説明です。戦後にあって、GHQの政策の下で小麦粉の普及が急速に進み、かつ、穀物の輸出大国であるアメリカからの圧力もあったのでしょうが、国民の多くは、自らの食生活の変化が農家や米価格に及ぼす影響について、おそらく全く考えていなかったことでしょう。仮に、日本国民の多くが、より早い段階で同関連性について意識していたとすれば、現状は、あるいは違っていたのかも知れません。

 加えて、これまで、長らく政権与党の座にあった自民党が農村を票田としてきたため、とりわけ、都市部の消費者の中には、農家は優遇されてきたとするイメージもあります(何れの農村にも、立派な公民館が建てられ、農道をはじめ各種のインフラも整備されているイメージ・・・)。米作農家の経営難は食管制度の廃止から始まったとも推察されますが(自民党は、農村からグローバリストに支持基盤を変更・・・)、消費者は、メディアを介して農家の高齢化や後継者不足の情報には触れていながら、農村の実像が分からないのです。

 さらには、農作業の実態についても不透明です。かつては‘三ちゃん農業’とも称されたように、稲作は、農作業の機械化により兼業農家が片手間でもできるものと見なされていた時期があります。ところが、今日では、後継者不足は、水田での農作業が余りにも過酷である点に求められています。軽労働なのか、重労働なのか、実際のところが分からないのです。

 今般の米価高騰によって、はじめて自由化に伴って発生したお米の複雑な流通過程を知り、農林中金をもって金融まで手がけている巨大組織としての‘農協’の役割やその問題点に気がついた消費者も少なくないはずです。消費者も農家も、お互いを知らないのです。米価操作とも言える投機を排除し、農家の所得を安定させるためには、産直型のシステムの構築が望まれるのですが、適正価格の形成には、先ずもって相互に相手方の現状や要望を知る必要がありましょう。

 本来であれば、国会が利害調整の場となるはずなのですが、地割りの選挙区から選出される今日の選挙制度では、農家の意見も消費者の立場も政治の場には届きがたい状況にあります。また、政府やメディアを介した情報が果たして信じるに価するのかどうか、怪しい限りです。ネット上に、農家も一般の国民も、農業について自由に書き込みのできるサイトを開設するなど、直接的な意見表明の場を設けるのも一案なのではないかと思います。

 こうしたサイトがあれば、農家の側も自らが置かれている状況を説明した上で‘希望価格’を表示できますし、消費者の側も、生活者としての立場からの‘希望価格’を知らせることができます。もちろん、双方の条件等によって‘希望価格’も違ってくるのですが、情報提供あるいは情報交換の過程で取引成立すれば、産直システムとして機能するかも知れませんし、さらには、後継者を探す人と農業を志す人との間のマッチングシステムとしても活用できるかも知れません。国民間の情報の共有こそ、お互いを知り、理解した上で日本国の農業を将来に向けて安定的に発展させ、食料安全保障をも実現してゆく上での基盤となるのではないかと思うのです。

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