昨今の急激な米価高騰を前にして、価格とは、どのようにして決まるのか、という問題が改めて問われているように思えます。経済学の説明では、価格とは、需給と供給のバランスによって決定されるとされます。この説に従えば、2倍にも跳ね上がった米価の急激な高騰は、著しい供給不足が起きたか、あるいは、突然の需要増加があったものと想定されます。しかしながら、昨年2025年のお米の生産量を見ましても微増こそすれ、価格を2倍に上昇させるほどの激減は見られませんし、インバウンド等による消費増も今年に始まったわけでもありません。合理的、かつ、客観的に観察すれば、別の要因が働いたとしか考えられないのですが、その一つが、大阪堂島商品取引所に昨年8月に開始されたお米先物取引です。
日本国内では、先物取引の必要性については、収穫量が天候等によって大きく左右される農家のリスクをヘッジするためにと説明されがちですし、この説明に思わず納得してしまいます。しかしながら、アメリカのシカゴ商品取引所の設立経緯を見ますと、それは、農家と言うよりも商人、即ち、穀物商(主として集荷事業者や卸売事業者・・・)の要請に応えるものでした。歴史を振り返りますと、先物取引によってヘッジされる主たるリスクは、農家ではなく、穀物の売買を生業とする穀物商が抱えているものであったのです。
その第一の理由は、それこそ需給と供給のバランスにより、一年に一、二回の収穫となる農産物は、収穫期には農家からの供給が激増し、農閑期には急減するため、上下の価格の振れ幅が大きかったからです。先物取引が存在すれば、年間を通して取引を分散化できますので、取引価格の変動を平準化して安定化させる効果が期待されたのです。広大な国土を有するアメリカでは、生産地から消費地までの商品輸送に時間がかかりますので、それだけ、価格変動のリスクは高くなります。
第二の回避すべきリスクは、デフォルトです。現物取引のみでは、何れの取引参加者も、将来的に支払い能力を超えて価格が下落した場合に、デフォルトの危機に見舞われるリスクがあります。例えば、一単位の価格が購入時には1000であったところ、売却時には700まで下がってしまった場合、当然に300の損失が発生します。前もって将来(限月)における決済時の価格が決定されていれば、こうしたデフォルト・リスクを事前に防止することができるのです。
第三に挙げられるのが、信用リスクの問題です、シカゴ商品取引所が開設された1848年当時にあっては、信用取引が一般的に行なわれていました。買い手側の商人が支払いを約する手形を取引相手に発行すると、以後、それは、半ば紙幣のような役割を果たします。仮に、上述したデフォルトが現実のものとなった場合、手形は紙くずに帰してしまいます。しかも、それが誰からであれ、同手形を引き受けた銀行が割り引いて現金を提供するというシステムも機能していました(リスクが高いほど、銀行での割引率は高くなる・・・)。商品取引に伴う信用手形の不払いの発生は、連鎖的な流動性の危機や信用不安を起こしかねなかったのです。
穀物商の必要性から開設されたものの、その後、シカゴ商品取引所での先物取引は、本来の役割とは異なる方向、即ち、商業向けから金融向けへと変質してゆきます。1865年には、「買い手と売り手に取引履行を保証する担保として「証拠金」を必須で課し、世界初の先物清算業務を開設する」こととなります(CME グループホームページより)。この措置により、証拠金を預託すれば、誰もが先物取引市場に参加できるスタイルへと変化してゆきます。しかも、シカゴ市場では、証拠金の凡そ20倍、堂島市場のお米の先物取引では実に50倍というレバレッジによって(政府が許可したとは信じられないような高い倍率・・・)、極めて高いギャンブル性を帯びてゆくのです。また、現物や相対取引なくして参加できるという意味において、取引価格の基準として平均値化された指標が導入されたことも、本来の目的からの逸脱として理解されましょう。
19世紀にあって、既に商品市場には投機マネーが流入しており、経済の混乱要因となっていました。先物市場における証拠金制度はまさにレバレッジとして作用し、億万長者へのステップを提供すると共に、一夜にして富を失う人をも続出させたことでしょう。そして、本来の先物取引の存在意義が上述した諸理由に寄るものであるとしますと、こうしたリスクは、様々なテクノロジーや制度が整備され、気象情報をはじめ様々な関連情報をも容易に入手できる今日では、別の手段や方法をもって軽減することができます。
現代という時代にあって、先物取引は、農家にとりましても、米穀を商う業者にとりましても、ましてや一般国民にとりましても、必要不可欠なものではありません。否、今般の米価高騰を見る限り、リスクのヘッジがリスクそのものとなり、投機が多くの人々の生活を巻き添えにするのですから、むしろリスク拡大増幅装置として働いているかのようです。しかも、世界戦略を展開してるグローバリストに価格操作の動機や価格形成の機会をも与えているのですから、百害あって一利なしなのかも知れません。存在意義にまで遡って考えますと、大阪堂島商品取引所における米先物取引は、既に時代に合っておらず、リスク回避のためにこそ速やかに閉鎖すべきではないかと思うのです(つづく)。