本ブログは「ほぼ」年中無休状態で更新をつづけている。
1年で365本、そのうちの200本くらいで「10傑」シリーズを展開、まぁランキング好きということで。
あまり知られていないひとや作品を紹介し易いんだよね、だから多用していると。
自分が楽しいからやっているわけだが、概ね好評でうれしい。
けれども、なかには妙な絡みかたをしてくるひとが居るんだ。
「優劣ばかりつけて、なにが楽しいのか」
「そういうお前はライターのなかで、どの程度のものなのか」
怒っているなぁ!
いや、自分はこういう意見に対しては怒らないよ。
あらら真剣に怒ってる、なんか面白いな~って笑っちゃう。(こういう態度が、さらに相手を怒らせるのだろう)
その項目に入るべきひとや作品が抜けていたりすることに対して怒っているか、あるいは、ランキングそのものを嫌っているのかもしれない。
楽しいのにね、ランキング。
日常でも散々やってますよ、あの子がいいとか、この子は2番とか、あそこの飯は最強、ここの飯はギネス級に不味くて最下位決定だとか。
20年くらい前か、「みんなでゴールする」みたいな運動会が主流になったとかいう記事を読んで吐き気がしたが、
いつの間にか元に戻ったわけでしょう、それでいいんだと思うよ。
だって、運動会でしか輝けないスポーツ馬鹿だって居るわけじゃない、可哀想だよそういう子たちが。
ほんとうにそれ(=間違った平等思想)を徹底させるためには、学力テストとかも廃止にしなけりゃいけないはずなんだ。
秀才くんがほくそ笑む瞬間を奪わなければ、スポーツ馬鹿は浮かばれないもの。
いやいや、きょうはそういう話ではないのだ。
「そういうお前はライターのなかで、どの程度のものなのか」という挑発的なメールが届いたので、「自分とランキング」について少しだけ語ってみようかなと。
ライターとしては三流。
これ絶対。
だからいっつも、三流ライターって名乗っているでしょう?
顔も三流。
だと思うよ、じゃなきゃ、もっとモテているし。
性的能力は・・・二流、かなぁ。
何遍もいっているとおり早漏だが、でも(1日で出来る)回数は多いと思うから。
過去はどうだったか?
小・中学校の成績は普通以下。
高校の成績は普通より「ちょっとだけ」上。
専門学校時のみ、「優」だったんじゃないかな。
映画小僧だらけだと思って入学したのに、じつはそうではなく、だから自分の知識が突出していたところは自他共に認めるところ。
書道は銀、
写生大会は「ふつう」の評価、
でも運動会ではビリッケツ、
部活動もサボリ魔だったから、朝礼で表彰などされたことがない。
突如として「書くこと」に目覚めて以降―高校生のころだが、作文コンクールだけは学校代表に選出された。
でも県大会止まり。
成人後―シナリオコンクールで最終予選に残ったことが、いちどだけある。
・・・このくらいかな。
結局は、無冠なわけだ。
総合すると、加点より失点のほうが多いので、やっぱり三流でしょう。
それでいいし、そう自覚したうえで、ひとや作品を評していると。
見巧者ってことばがあるでしょう。
…………………………………………
見巧者(みごうしゃ)
芝居などになれ通じていて、見方のじょうずなこと。また、その人や、そのさま。
…………………………………………
つまり、こういうひとが批評家になるわけだが―そうじゃないひとも居るけどね!―、自分、文章以上にこっちのほうが自信あったりするわけですよ、たぶんそれでこんなにランキングが好きなのかなぁ、、、って。
―というわけなんで、これからも「10傑」シリーズつづけます。
あしからず!!
※格闘技の世界で無冠の帝王といえばジェロム・レバンナ、映画の世界では「少し前まで」わが神・スコセッシだった。
いやスコセッシは若いころから沢山の賞をもらっているが、映画界最高の名誉とされるオスカー受賞は「そーとー」遅かった。
しかも、ファンだからいうが、キャリアのなかで成功したとはいい難い作品で「もらっちゃった」ものだから、純粋な作品の評価ではなく「労い票」だったような気がして、納得がいかなかったのである。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
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明日のコラムは・・・
『にっぽん男優列伝(257)長門裕之』
1年で365本、そのうちの200本くらいで「10傑」シリーズを展開、まぁランキング好きということで。
あまり知られていないひとや作品を紹介し易いんだよね、だから多用していると。
自分が楽しいからやっているわけだが、概ね好評でうれしい。
けれども、なかには妙な絡みかたをしてくるひとが居るんだ。
「優劣ばかりつけて、なにが楽しいのか」
「そういうお前はライターのなかで、どの程度のものなのか」
怒っているなぁ!
いや、自分はこういう意見に対しては怒らないよ。
あらら真剣に怒ってる、なんか面白いな~って笑っちゃう。(こういう態度が、さらに相手を怒らせるのだろう)
その項目に入るべきひとや作品が抜けていたりすることに対して怒っているか、あるいは、ランキングそのものを嫌っているのかもしれない。
楽しいのにね、ランキング。
日常でも散々やってますよ、あの子がいいとか、この子は2番とか、あそこの飯は最強、ここの飯はギネス級に不味くて最下位決定だとか。
20年くらい前か、「みんなでゴールする」みたいな運動会が主流になったとかいう記事を読んで吐き気がしたが、
いつの間にか元に戻ったわけでしょう、それでいいんだと思うよ。
だって、運動会でしか輝けないスポーツ馬鹿だって居るわけじゃない、可哀想だよそういう子たちが。
ほんとうにそれ(=間違った平等思想)を徹底させるためには、学力テストとかも廃止にしなけりゃいけないはずなんだ。
秀才くんがほくそ笑む瞬間を奪わなければ、スポーツ馬鹿は浮かばれないもの。
いやいや、きょうはそういう話ではないのだ。
「そういうお前はライターのなかで、どの程度のものなのか」という挑発的なメールが届いたので、「自分とランキング」について少しだけ語ってみようかなと。
ライターとしては三流。
これ絶対。
だからいっつも、三流ライターって名乗っているでしょう?
顔も三流。
だと思うよ、じゃなきゃ、もっとモテているし。
性的能力は・・・二流、かなぁ。
何遍もいっているとおり早漏だが、でも(1日で出来る)回数は多いと思うから。
過去はどうだったか?
小・中学校の成績は普通以下。
高校の成績は普通より「ちょっとだけ」上。
専門学校時のみ、「優」だったんじゃないかな。
映画小僧だらけだと思って入学したのに、じつはそうではなく、だから自分の知識が突出していたところは自他共に認めるところ。
書道は銀、
写生大会は「ふつう」の評価、
でも運動会ではビリッケツ、
部活動もサボリ魔だったから、朝礼で表彰などされたことがない。
突如として「書くこと」に目覚めて以降―高校生のころだが、作文コンクールだけは学校代表に選出された。
でも県大会止まり。
成人後―シナリオコンクールで最終予選に残ったことが、いちどだけある。
・・・このくらいかな。
結局は、無冠なわけだ。
総合すると、加点より失点のほうが多いので、やっぱり三流でしょう。
それでいいし、そう自覚したうえで、ひとや作品を評していると。
見巧者ってことばがあるでしょう。
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見巧者(みごうしゃ)
芝居などになれ通じていて、見方のじょうずなこと。また、その人や、そのさま。
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つまり、こういうひとが批評家になるわけだが―そうじゃないひとも居るけどね!―、自分、文章以上にこっちのほうが自信あったりするわけですよ、たぶんそれでこんなにランキングが好きなのかなぁ、、、って。
―というわけなんで、これからも「10傑」シリーズつづけます。
あしからず!!
※格闘技の世界で無冠の帝王といえばジェロム・レバンナ、映画の世界では「少し前まで」わが神・スコセッシだった。
いやスコセッシは若いころから沢山の賞をもらっているが、映画界最高の名誉とされるオスカー受賞は「そーとー」遅かった。
しかも、ファンだからいうが、キャリアのなかで成功したとはいい難い作品で「もらっちゃった」ものだから、純粋な作品の評価ではなく「労い票」だったような気がして、納得がいかなかったのである。
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本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
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明日のコラムは・・・
『にっぽん男優列伝(257)長門裕之』