だーてぃだんしん「ぐ」→「ぐ」りーんべれー(グリーンベレー)
映画のなかで描かれるグリーンベレーと有段者って、ちょっと似ている・・・なんて思うときがある。
強くて当たり前。
見た目もゴリゴリで、主人公を圧倒―すると思わせておいて、見事な負けっぷりを披露すると。
彼らが主人公になることは、じつは、あんまりない。
見せ場はきちんと用意されてはいるものの、主人公をさらに輝かせるためのキャラクターとして登場することのほうが多いのだ。
そんな強い相手を倒す主人公って素敵! そう思わせるための副将的キャラというかね。
シュワ氏の『コマンドー』(85)でも、そうだった。
ゴツい黒人がシュワ氏と対峙し、
「どうだ、強いだろう。俺は元グリーンベレーだ」
などという。
シュワ氏は「それがどうした」みたいな感じで彼を倒すのだが、この台詞があるかないかで、印象はだいぶ変わってくるはずで。
ん?
ということは、グリーンベレーや有段者は、ちょっとバカにされるキャラクターなのか?
そこまではいってない。
グリーンベレーとは通称であり、正式にはアメリカ陸軍特殊部隊という。
将兵だけがかぶることの出来るベレー帽が鮮やかなグリーンであることから、そう呼ばれているのだそうだ。
その詳しい歴史などはウィキペディアでも見てもらうとして、ここでは軽く入隊資格を紹介しておこう。
「自発的な志願者であること」はもちろん、
自分にとっては「現役勤務の男性軍人であること」が既にNGであり、
さらに「ブーツと戦闘服を着用したままで50メートル泳げること」なんていうのまである。
無理だな、自分は。
グリーンベレーの評価が著しく低下したのは、ベトナム戦争の泥沼化による。
現在のハリウッド映画が、(冒頭で述べたように)グリーンベレーの存在を英雄的に描くことがない理由も、そのへんにあると考えていい。
ハリウッドの英雄であり続けるジョン・ウェインが撮った『グリーンベレー』(68)は、ベトナム戦争を肯定的に描いたトンデモ映画として有名。
いま現在の視点でそう評価するのではなく、制作・公開当初から非難轟々だったとされている。
エルマー・バーンスタインはテーマ曲を依頼されたが、「政治的信条」を理由にこれを辞退。
批評家のひとりは「高圧的で時代遅れの映画」とクサし、
実際にベトナムで戦ったオリバー・ストーンはこの映画を「大嫌いだ」と発言した。
で、自分はこの映画を高校時代にビデオ鑑賞した。
つまらなくはなかったけどね。
政治的背景などは分からない、単に物語として充分に面白いと思った。
トレードマークのベレー帽も格好いいし、ヒロイズムに溢れているし。
そのヒロイズムが問題だったわけだが・・・まぁ高校生のクソ男子なんて、そんなものだろう。
銃撃戦、爆破が描かれ、軍人と美女とヘリと、出来ればロボットが登場すれば、それだけで気持ちがよくなるイキモノだから。
ただ、自分も40歳を過ぎたわけだし、現代は21世紀である。
観返してみると、さすがに単純だなぁとは思う。
負の歴史としてグレーンベレーを茶化すような描写が散見されるのは必然なのかもしれないけれど・・・
ちょっとだけ切ない気もする―というのが、自分の本音ではある。
次回のしりとりは・・・
ぐりーんべ「れー」→「れー」てぃんぐ。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『オッサンの階段走り』
映画のなかで描かれるグリーンベレーと有段者って、ちょっと似ている・・・なんて思うときがある。
強くて当たり前。
見た目もゴリゴリで、主人公を圧倒―すると思わせておいて、見事な負けっぷりを披露すると。
彼らが主人公になることは、じつは、あんまりない。
見せ場はきちんと用意されてはいるものの、主人公をさらに輝かせるためのキャラクターとして登場することのほうが多いのだ。
そんな強い相手を倒す主人公って素敵! そう思わせるための副将的キャラというかね。
シュワ氏の『コマンドー』(85)でも、そうだった。
ゴツい黒人がシュワ氏と対峙し、
「どうだ、強いだろう。俺は元グリーンベレーだ」
などという。
シュワ氏は「それがどうした」みたいな感じで彼を倒すのだが、この台詞があるかないかで、印象はだいぶ変わってくるはずで。
ん?
ということは、グリーンベレーや有段者は、ちょっとバカにされるキャラクターなのか?
そこまではいってない。
グリーンベレーとは通称であり、正式にはアメリカ陸軍特殊部隊という。
将兵だけがかぶることの出来るベレー帽が鮮やかなグリーンであることから、そう呼ばれているのだそうだ。
その詳しい歴史などはウィキペディアでも見てもらうとして、ここでは軽く入隊資格を紹介しておこう。
「自発的な志願者であること」はもちろん、
自分にとっては「現役勤務の男性軍人であること」が既にNGであり、
さらに「ブーツと戦闘服を着用したままで50メートル泳げること」なんていうのまである。
無理だな、自分は。
グリーンベレーの評価が著しく低下したのは、ベトナム戦争の泥沼化による。
現在のハリウッド映画が、(冒頭で述べたように)グリーンベレーの存在を英雄的に描くことがない理由も、そのへんにあると考えていい。
ハリウッドの英雄であり続けるジョン・ウェインが撮った『グリーンベレー』(68)は、ベトナム戦争を肯定的に描いたトンデモ映画として有名。
いま現在の視点でそう評価するのではなく、制作・公開当初から非難轟々だったとされている。
エルマー・バーンスタインはテーマ曲を依頼されたが、「政治的信条」を理由にこれを辞退。
批評家のひとりは「高圧的で時代遅れの映画」とクサし、
実際にベトナムで戦ったオリバー・ストーンはこの映画を「大嫌いだ」と発言した。
で、自分はこの映画を高校時代にビデオ鑑賞した。
つまらなくはなかったけどね。
政治的背景などは分からない、単に物語として充分に面白いと思った。
トレードマークのベレー帽も格好いいし、ヒロイズムに溢れているし。
そのヒロイズムが問題だったわけだが・・・まぁ高校生のクソ男子なんて、そんなものだろう。
銃撃戦、爆破が描かれ、軍人と美女とヘリと、出来ればロボットが登場すれば、それだけで気持ちがよくなるイキモノだから。
ただ、自分も40歳を過ぎたわけだし、現代は21世紀である。
観返してみると、さすがに単純だなぁとは思う。
負の歴史としてグレーンベレーを茶化すような描写が散見されるのは必然なのかもしれないけれど・・・
ちょっとだけ切ない気もする―というのが、自分の本音ではある。
次回のしりとりは・・・
ぐりーんべ「れー」→「れー」てぃんぐ。
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明日のコラムは・・・
『オッサンの階段走り』