個別に、サササッと書きたいことがいくつか出来たので、きのうに引き続き日記調のブログ展開を。
某日―。
反日的だなんだと壮大に叩かれ、公開が危ぶまれていたアンジェリーナ・ジョリーの監督作『アンブロークン』が『不屈の男』という邦題で日本上陸が決定。

ひとまず、ホッとした。
公開に尽力した配給会社のひとには、おつかれさん! といってあげたい。
そのことを伝えるネットニュースに書き込まれた、一般ユーザーからのコメントがひどい。
想像は出来ていたことだから読まなければいいのだが、思わず読んでしまって怒りが込み上げてきたよ。
いくつか引用するが、みんな「まだ観ていない」ということをお忘れなく。
<アンジーも最近おかしいから嫌い。この映画も吐き気がするぐらい嫌い。>
<映画観るつもりもないけどなんで70年も前の題材を若い女優上がりが監督する?
きれいごと言っても中国マネーを貰ってるとしか思えない。>
<この映画、最初だけ全米一位を取ったものの、反日云々以前に原作や歴史的事実と違うとか、単に映画としてつまらないとか、かなりアメリカでも叩かれています。主要な賞も全く取れなかった。>
<それでも見ない。金払って偏見の混ざった作品を見てイヤな気持ちになって後悔したくないから。アンジェリーナ・ジョリーの映画ももう見ない。>
・・・・・。
うわ~。
気持ち悪ぃ。
ヘドが出るね。
観てもいないのに「嫌い」だって。
観る気もないくせにね。
(自分だってそうだから)なにを書いても自由かもしれないが、勝手にネガティブキャンペーンを展開しなくたって、この映画は都内でさえ小規模上映なんだ。
そう、観るひとしか観ない。
そして、自分は観たいひと。
純粋に、映画小僧として。
だから放っておいてくれ。
叩くなら、明らかな強者である三谷幸喜の映画を叩いてよ。
それから。
ふだんは「ひと、それぞれ」なんていっているヤツにかぎって、こういう場合にだけ都合よく「米国では―」なんていってくる。
それをいうのであれば。
ドイツってすごいな、えらいな! と思わないか?
ナチスを悪役にして、ハリウッドがどれだけ稼いできたか知っているでしょう。
インディまでいっているじゃない、「ナチは嫌いだ」って。
しかしドイツ国民はそれに対し、アアダコウダいうことがないそうだ。
映画は映画として、その存在を認めているわけ。
だから恥ずかしいよ、今回のネガティブキャンペーン「もどき」が。
某日―。
テレビを観ていたら、小便をする際に「座ってする」男子が4割弱も居ることを伝えていた。
自分も、そんなひとり。
いつごろからか、なぜそうしたかは覚えていないのだが、「座りション」をするようになって10年は経過しているはず。
けれども、周りには仲間が居ない。
なのにテレビは「4割がそうだ」という。
ほんとうだろうか。
某日―。
女優モーリン・オハラの訃報を目にする。
ジョン・フォードの映画でヒロインを演じ、ジョン・ウェインとも度々共演している典型的な美人さん。
去年末にオスカー名誉賞授与式で、同じく賞を受けた宮崎爺と楽しそうに会話していた映像が印象に残っている。

享年95歳、大往生でしょう。
合掌。
そういえば最近。
「追悼文の名手」になりたいといっていた割には、追悼文を書いていない。
「小」忙しくなったのをイイワケにして、サボっちゃっているような。
ちょいと反省しましょう。
何度もいうが「ひとの死を期待しているようで」目指しているところとしては、趣味のいいものではないけれど。。。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(143)』
某日―。
反日的だなんだと壮大に叩かれ、公開が危ぶまれていたアンジェリーナ・ジョリーの監督作『アンブロークン』が『不屈の男』という邦題で日本上陸が決定。

ひとまず、ホッとした。
公開に尽力した配給会社のひとには、おつかれさん! といってあげたい。
そのことを伝えるネットニュースに書き込まれた、一般ユーザーからのコメントがひどい。
想像は出来ていたことだから読まなければいいのだが、思わず読んでしまって怒りが込み上げてきたよ。
いくつか引用するが、みんな「まだ観ていない」ということをお忘れなく。
<アンジーも最近おかしいから嫌い。この映画も吐き気がするぐらい嫌い。>
<映画観るつもりもないけどなんで70年も前の題材を若い女優上がりが監督する?
きれいごと言っても中国マネーを貰ってるとしか思えない。>
<この映画、最初だけ全米一位を取ったものの、反日云々以前に原作や歴史的事実と違うとか、単に映画としてつまらないとか、かなりアメリカでも叩かれています。主要な賞も全く取れなかった。>
<それでも見ない。金払って偏見の混ざった作品を見てイヤな気持ちになって後悔したくないから。アンジェリーナ・ジョリーの映画ももう見ない。>
・・・・・。
うわ~。
気持ち悪ぃ。
ヘドが出るね。
観てもいないのに「嫌い」だって。
観る気もないくせにね。
(自分だってそうだから)なにを書いても自由かもしれないが、勝手にネガティブキャンペーンを展開しなくたって、この映画は都内でさえ小規模上映なんだ。
そう、観るひとしか観ない。
そして、自分は観たいひと。
純粋に、映画小僧として。
だから放っておいてくれ。
叩くなら、明らかな強者である三谷幸喜の映画を叩いてよ。
それから。
ふだんは「ひと、それぞれ」なんていっているヤツにかぎって、こういう場合にだけ都合よく「米国では―」なんていってくる。
それをいうのであれば。
ドイツってすごいな、えらいな! と思わないか?
ナチスを悪役にして、ハリウッドがどれだけ稼いできたか知っているでしょう。
インディまでいっているじゃない、「ナチは嫌いだ」って。
しかしドイツ国民はそれに対し、アアダコウダいうことがないそうだ。
映画は映画として、その存在を認めているわけ。
だから恥ずかしいよ、今回のネガティブキャンペーン「もどき」が。
某日―。
テレビを観ていたら、小便をする際に「座ってする」男子が4割弱も居ることを伝えていた。
自分も、そんなひとり。
いつごろからか、なぜそうしたかは覚えていないのだが、「座りション」をするようになって10年は経過しているはず。
けれども、周りには仲間が居ない。
なのにテレビは「4割がそうだ」という。
ほんとうだろうか。
某日―。
女優モーリン・オハラの訃報を目にする。
ジョン・フォードの映画でヒロインを演じ、ジョン・ウェインとも度々共演している典型的な美人さん。
去年末にオスカー名誉賞授与式で、同じく賞を受けた宮崎爺と楽しそうに会話していた映像が印象に残っている。

享年95歳、大往生でしょう。
合掌。
そういえば最近。
「追悼文の名手」になりたいといっていた割には、追悼文を書いていない。
「小」忙しくなったのをイイワケにして、サボっちゃっているような。
ちょいと反省しましょう。
何度もいうが「ひとの死を期待しているようで」目指しているところとしては、趣味のいいものではないけれど。。。
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明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(143)』