たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の参考にされても責任は負いかねます。深慮せず軽く読み流してください。

これが梅雨入り?霞沢岳~その1

2007年06月19日 | アルプス系
◎2007年6月16日(土)―5人

 今回の山行は総勢5人。オレ、木、中嶋、Y美さん、Y田女史。官が3で民が2の構成。ここのところ、木、中嶋とは山行の打合わせと称して、週末になると飲んでいる。今週末もまた、高校の同期会で顔を合わす。一連の打合わせでは、劔岳、甲斐駒、聖岳、光岳と、山名だけは華々しく候補として出たのだが、中嶋が険阻な山とテント泊を嫌い、最終的に、オレが先日行った焼岳からの眺望で目に付いた霞沢岳に行こうということで落ち着いた、というか押し切った。木は最後まで黒戸尾根にこだわった。梅雨入りしたばかりで、いつものように、今回もまた打合わせ倒れになるだろうと、ほぼ確信はしていたのだが、金、土、日と思いがけぬ好天続き。晴れ女2人の参加の所以かもしれない。1年前のこの時期、鳳凰三山では男3人、翌日は雨に降られた。余談だが、中嶋は未だ執拗に薬師岳小屋に泊まっていれば、鳳凰三山を余裕で完徒できたはずと主張するが、翌日は雨の中、同じコースを下山していたであろうことは火を見るよりも明らか。鳳凰二山どころか、情けなくも薬師だけでおしまいだったろう。

 さて今回の山行には難題があった。Y美さんが土曜日の夜勤明け。当初、彼女は行くのをためらっていた。打合せ時にはオブザーバーとしての参加だったが、その場の雰囲気と木の半ば強引な誘いを拒めず、こちらも誘った手前、出発は9時で妥協した。これでは、上高地から2時に歩きはじめたとした、徳本峠小屋に着くのは早くて5時。1分でも節約したい行程で、いつもなら途中で仕入れる酒、ツマミの類いも、事前購入とした。木は半凍結ビールを8本と各種ツマミ、オレは焼酎2リットルを担当。

 出発当日の土曜日の朝、木からのメールで出発が30分早まる。山の準備だけは2日前からしてあったが、洗濯物を干すのに手間取る。今やってしまわないと、後で山の汚れ分がつかえてしまう。中嶋も同じことをやっているのではなかろうか。オレの場合は己の分だけですむが、ヤツの場合、家族全員分のノルマがかかる。さらに掃除が加算される。これはオレも同じだが、まさか炊事までは込みではあるまい。素直に同情する。慌しい出発だろう。子どもを送りがてら、木宅に向かう。早めに着いてしまい、洗車をさせられた。中嶋をひろって行く。奥さんの見送り付き。ウチでは考えられない光景。洗濯の件は本当の話かね。県庁側の駐車場で晴れ女2人と合流。Y美さんは夜勤明けの疲れもみせずさわやかな顔をしている。深夜の電話相談室には、おぞましい電話がなかったようだ。

 Y美さんと歩くのは、かれこれ11年前の燕岳以来。それ以前の同行山行でもかなり強かった。特に登りのY美だった。かたやY田女史、中嶋とオレにとっては初対面。あさひ山の会当時、不都合で参加できなかった山行2~3回の様子は木から聞いていた。Y美さん同様、健脚らしい。木も最近は袈裟丸や谷川岳を犬連れで鍛えている。とにかく今回の山行は期待している。やばいのは中嶋か。最近の山行は大分前の武甲山らしいし。

 何やかやと前橋インターに入ったのは9時を過ぎていた。惜しい。高速の通勤割引は使えない。ケチなことを惜しんでしまう。車はアメリカ大陸仕様の木のチェロキー。排気量は5千をオーバー。バスなみ。それにしてはパワーをほとんど感じさせないところがいい。燃費はすこぶる良好でリッター5キロ。車内の会話は後ろ座席の公3人組が主役。部署が違っていても、同じ庁舎の中、横のつながりがあるらしい。松本までの途中、どこかのパーキング(佐久平だったろうか)でトイレ休憩。トイレしかないパーキングだった。そそくさと発ったが、どうも時間が気になってしまう。中嶋の残尿感と残糞感の訴えは無視する。解消されるのを待っていたらきりがない。沢渡着12時半が目標。佐久を過ぎてからアルプスの山並みがきれいに広がる。

 沢渡着11時35分。思いのほか早く着いた。梓第一駐車場に駐める。2日で1,000円。ここからはタクシー。バス代は1,000円だから、5人なら4,000円のタクシーの方が安いに決まっているし、短時間だから楽。3台ほど待って乗車。5人と荷物を積んで、タクシーにもそれなりの負荷はかかっているだろうが、こちらはさして気にしない。上高地着12時10分。当初の見込みよりもグーンと早かった。余裕を持って昼食。おにぎりとカップラーメン、これに伊右衛門が付いて550円。上高地価格としては安い方だろう。女性らはラーメンの汁を全部飲むことをためらっていたが、そこらにも捨てられないし、木が塩分補給という面から無理やり全部飲ませていた。中嶋がマグカップを忘れてきたとかで土産屋で購入。これをザックに結わえたのはいいが、安いのを買うものだから、下山時まで、熊除け鈴のようにカラーン、カラーンといやな音がしてうるさかった。

 上高地発12時40分。予定よりも1時間近い短縮。かなりのゆとりができた。河童橋で写真撮り。中嶋のザックの腰ベルトが随分と高い位置にきていて、腹巻のようにも見え、赤子をおんぶしているような滑稽な格好になっている。Y田女史から指導を受けている。ここから、明神まではいわば遊歩道。ザックスタイルがむしろ異質。左に明神岳が迫る。霞沢とともにアルプスでは不遇な山だと木の解説が入る。梓川に入る支流はいずれも両岸が崩れ、無残な姿をさらしている。昨年の集中豪雨の爪あとだと木は言うが、それ以前からの自然崩壊が進んでいるようにも思える。明神に近づくに連れ、人通りが少なくなる。明神着1時半。上高地から50分。コースタイムよりは若干早い。当初、雨の場合、ここの嘉門次小屋に泊まることも視野に入れていたが、そんな懸念はまったく不要な天気。休憩後、徳本峠に向かう。

 トップは木。女2人にピッチが早いと言われ、2人にトップを交代したが、どういうわけかさらに早くなった。太ったサルがいる。2つ目の橋を渡って急登になる。Y田女史はなぜか橋渡りを怖がる。何かトラウマがありそうだ。向こうから4~5人の元気なオバサングループが下りてくる。聞けば峠往復だそうな。木が早速、からかいの声をかけては盛り上がっている。我々は離れたところからそれを冷ややかに見やる。サルを見た話が出て、「ウチらには、夜になれば猫からトラになるのがいるよ」とほざいている。テメェじゃないか、相変わらずよくやるよ。小屋番の交代のオッサンと思しき人も降りてくる。小屋には予約を入れておいたので、オレたちのことは知っていた。次第に全体のペースを落ちてくる。水場を3か所横切る。アルプスの水は冷たくてうまい。ネット情報では「最後の水場」表示があるようだが、見当たらない。まだ先に水場があるのであろうか。口数がめっきりと少なくなって、休みがちになる。疲れた4人を振り切り、先行して先で待つことにする。またサル。都合ここまで3匹と出会った。ここのサルは集団行動をとらないのか。春ゼミが鳴き、ホトトギスがさえずる風情は実に良い。空は月並みな表現をすれば、抜けるような青さ。程なく小屋との分岐に着いてしまった。ということは、「最後の水場」は過ぎてしまったということか。これが、翌日にたたってしまった。というのは、小屋で飲む焼酎を割る水を最後の水場で確保する予定でいたため、2リットルの空ペットボトルを運んだだけの結果になってしまった。それどころか、各自の水の補給もしないままになってしまった。ちなみに小屋では、水の販売価格もリッター300円の値が付いているとY美さんが言っていた。ガソリンより高いじゃない。だれも買うのをためらい、くさらすだけだろうに。

 徳本峠小屋着3時40分。皆んな来る前にネットで確認していたのであろうか、その屋根に置き石のあるレトロ調の小屋の姿に驚いた者はだれもいない。チェックインしようとしたが、まだその時間にはなっていないようだ。小屋の中で話し声がする。木、Y田女史、オレとで中に入る。オレはすぐに出てしまった。何かこう陰湿な空気が立ち込めている。耐えられない。Y田女史も出てきた。木はしばらく間を持たせて出てきたが、余裕のある顔はしていなかった。中には9人の宿泊客がいて、何組かのグループが休んでいるようだとの情報しか仕入れてこなかった。中がダメなら外で飲むかと、早速、ビールで乾杯。まだ冷たさは残っていたが、五臓六腑を刺激する程のものではない。雪を拾ってきて、しばらくケースで冷やした。つまみはソーセージ、缶詰、乾き物。野沢菜が欲しい。木がキュウリを塩漬けにしておいたら、朝の食卓にのぼっていたそうだ。ビールを飲みつくし、ぼちぼち焼酎に入ろうと湯を沸かそうとしたが、オレが持ってきたガスボンベは、まったく規格違いのもので、ノズルが合わない。がっかりしながら、水割りになってしまった。1リットルの焼酎があっという間で無くなる。その間、Y田女史は次々とビール缶を足でつぶしていったが、これがなかなかの玄人芸で、きれいにスリムにコンパクト化される。オレらがやると腹が横に出た醜いスタイルになってしまう。ペットボトルも同様。なかなかのものだ。木がビデオを回す。孫の撮影用に買ったそうな。木には、ビデオを持って来ていて良かったようだ。後日談だが、マメに撮っていたデジカメの画像は不具合で全滅だったようだから。外気は13度だが、日があるから暖かく感じる。念のため上着にフリースを着込んだ。

 そうしているうちに、小屋の中からの出入りが多くなったが、皆さん、地味でおとなしいから、交流が生まれない。ガイド付きツァーのグループがいて、ガイド氏がピッケルを持って下見に出かけて戻ってきた。K1付近に雪があるようだとか言っているのが聞こえる。さっき、小屋番のオッサンは残雪は山頂付近だけだと言っていたが。

 夕食が始まる。6時少し前だったろうか。まだ明るい。宿泊客はオレ達を含めて14名。明日の食事の予定を聞かれ、逆に朝食の時間を問うたら、基本は6時からのようである。早く出たいので、朝弁当にしてもらうことにした。後片付けはウチの女性2人が健気にも手伝ったが、宿代の割引はなかった。別のサービスが必要なのかね。晩メシに何が出たのかさっぱり記憶が無い。味噌汁とご飯をお替りしたこと、櫃の中にご飯が残っていて、もったいないからオニギリを作ろうかと相談しながら、結局は作らなかったことだけは覚えている。少食の方が多い、静かな夕餉だった。

 6時半を過ぎてもまだまだ明るい。中嶋は外のベンチで横になっている。部屋の割り振りがあり、正式にチェックイン。我々の寝床は2階のさらに上の棚。階段が狭くて往生する。上り下りする際、横に打ち付けた板に必ず頭をぶつける。宿泊代は一人8,000円。外に出て中嶋に声をかけたら、寝ぼけ眼で財布を投げてよこした。空いた食堂でまた飲み直す。焼酎がまだ1リットル残っている。ここで水をまた浪費。この時はオレと木とY美さんだったから、Y田女史は寝ていたのだろうか。酒の切れ目が寝るタイミング。中嶋は薄暗くなった外でまだ寝ている。だんだん寒くなり、放ってもおけなく、木とオレとでかついでカイコ棚に上げる。また頭をぶつける。中嶋もぶつけたようだが、ウンともスンとも言わなかった。ランプがとにかく暗い。もう少し時間が経てば、満天の星空で、むしろ外が明るかったようだが、残念ながらオレは寝てしまった。7時15分。いつものように木がゴソゴソやっていたが、こっちはアルコールの勢いもあり、とにかく眠かった。


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2 コメント

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そうなんだ (Yossy)
2007-06-20 00:05:18
本当に入梅なんて嘘のような天気で良かったね!
上高地は今が見ごろと聞いているので、混んでなかったの?でも、写真の小屋で宿泊できるの?ちょっと、びっくりです
空気の澄んだ山でのお酒は格別でしょうね。山小屋の中はもっと賑やかと思っていたのも、違うんだ、学生の登山じゃないものね。

今回のルートは一般に使われているところなの、時間的にはすごく早かったのですよね。早く寝ると思ったら、夜の山は歩かないですよね。そうだよね・・
読んでいると、そうかと思うことが素人の私には色々ありますね。でも、サルに襲われなくて良かったね。
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写真 (俺だ)
2007-06-20 14:55:37
色々試してみたが、やはりだめだった。2Gのカードにしたのだが、相性が不味かったらしい。
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