何故、アメリカは貿易赤字を抱えることになったか:
私はトランプ大統領が以下に指摘するような事柄を承知の上で「我が国や中国に向かって輸出を減らしてアメリカ国内で生産せよ」と要求されるのか、あるいは全く知らずに数字だけの現象を見て、強硬姿勢を取られるのかが分からないのです。と言うのは、実態と現状を認識できていれば「関税をかけるぞ」などと言い出せるとは思えないからです。
と言う次第で、アメリカ紙パルプ・林産物業界の代表的メーカーの2社に通算で22年間勤務して日本向け輸出に専念してきた者の経験と見聞から、思うところを申し述べておきたいのです。
トランプ大統領は事態/実態を正確に認識しておられるのか:
トランプ大統領は貿易赤字を嫌うと言われていますが、私が見る問題点は「アメリカの西海岸は兎も角、ロッキー山脈の東側に日本向け輸出に懸命になる企業がどれほどあるかという事実を認識しておられるのか」という点です。私は未だに、側近または関係者が大統領に実態を説明し切れていないのだと疑うのです。
事実、私の長年の友人で、アメリカではアメリカの会社だと誤認されているS社のEVP(専務だったかも?)で、アメリカ駐在と勤務が長かったK氏は「何処も何もしていない」と断言していた。
ましてや、1990年代初期までボーイング社に次いで対日輸出の金額がアメリカで第2位の会社だったウエアーハウザーが実質的に消滅しているし、ボーイングはあの体たらくでエアバス社に取って代わられている現在、何処のどの会社が貿易赤字を解消できるだけの輸出をするのでしょうか。大統領が推進しておられる液化ガスは、今日明日には物にならないのでは。
これも、何度か取り上げた話ですが、在職中に大学で同期だった経済学部の緒田原教授に「ウエアーハウザーが一次産品(素材)であるパルプ、木材チップに紙類だけを日本に輸出するアメリカ有数の会社だ」と語ったところ、「何だ。それではアメリカは日本の植民地のパターンではないか」と苦笑いでした。要するに、あけすけに言えば、我が社は「資源小国」に素材を提供していた企業だったという事になるのです。
ウエアーハウザーは60年代に米材丸太(ダグラスファー=米松)を供給する会社として日本市場に進出。その頃の販売は商社任せだったとか。ウエアーハウザーの経営はそこから川下に向かって多角化していき、印刷用紙類と段ボール原紙等の製造と輸出に注力していったのです。パルプと木材チップの輸出が続いたのは、日本には乏しい針葉樹に特化したまで。だが、アメリカ政府は丸太のような素材で売ってしまえば自国の産業と業者が潤わないと悟り、丸太の輸出を制限していきました。
アメリカ西海岸には大規模の製造会社がなく、輸出したくても木材関連の製品の他には飼料用の乾燥した牧草くらいしか大規模に輸出できる物が少ないのです。そこで、ウエアーハウザーの大活躍となった次第。トランプ氏はこの辺りの歴史と実態を何処までご承知なのかと思うのです。
民主党のクリントン政権などは全く知らずに「原料ばかり買って、世界最高の品質を誇るアメリカの印刷用紙を輸入しない日本が怪しからん」と、何度もスーパー301条を適用するぞと脅迫しました。私は「無知は力なり」なのかなと何度もトランプ氏の貿易赤字嫌悪の姿勢に疑問を呈してきました。
ロッキー山脈の西側に輸出に注力できる/する企業が少なく、多くの種類の製品を輸入に依存せざるを得なくなっていたアメリカで、貿易赤字が増大するのは避けようがなかったのです。それに、繰り返し指摘したように、労働力の質に問題があったので、輸出市場での競争能力が低下していたのも紛れもない事実。
何故、貿易赤字が増えたのか:
上述のようにアメリカの会社に勤務していたから見えてきて、指摘できる問題点が多々ありますが、私にはもしかして赤字が増えたのはオウンゴールにも似た現象だったかもしれないとも見えていました。
アメリカの消費者/需要家の品質受け入れ基準が我が国のそれと比較すれば非常に大らか且つ大雑把で、その製品として機能を果たせば良いというようにすら見えました。故に、需要家も最終消費者も、購入した製品/商品が少しくらい規格から外れていても、外観が悪くても気にしないのです。
そうなってしまった原因には労働力の質が低いことも挙げられるのです。アメリカの製品しか知らなければ、そういう物に慣れてしまえば、我が国の基準からみれば問題があっても受け入れられているのです。その市場に我が国や下請けに使っていた中国や東南アジア等の国から品質に優れ、経済的な価格の製品が入ってきたのでは、加工業界も消費者も受け入れるので、アメリカの製造業は防ぎきれませんでした。
それだけではなく、職能別労働組合の力が強くて、賃上げ要求が激しくなったのを受け入れた為に労務費が高騰したのです。そこで生じた現象は「労務費が低く、質が高い労働力がある中国や他の発展途上国に工場を移す空洞化」です。自国で作らずに他国に任せたのでは輸入が増えるのは当然。
その点では自動車産業が輸入品に負けたデトロイトが典型的な悪い例でしょう。主たる敗因はどの産業でも通用するだろう労働力の質の問題です。そこには、我が国の方式とは異なる「職能別労働組合」の問題があるとは何度も指摘してきました。簡単に言えば「会社の組織内ではない上部組織から派遣された組合員が製造の現場を担当している」と言う事です。会社と工場が別個の組織なのです。
組合に負けて賃金(時間給の労務者向け)を上げ続け、空洞化が発生したのだという流れを、不動産業界と興行界出身のトランプ氏に確実に認識できていたのだろうかという疑問に撞着します。
アメリカでは、結果的に非耐久消費財(アパレルや雑貨のみならず、人気のブランド品でも外国に生産を委託)を輸入に任せていたのです。老舗のBrooks Brothersなどでは殆どの衣類が東南アジアの国での製造となっていました。
製造業界では多くのメーカーは優れた人材を集めて、R&Dに巨額の投資をするので、素晴らしいアイデイアは後から後から出てくるのです。だが、残念ながら商業生産化する段階の工場の労働力の質が低いので、最新鋭のアイデイアが活かしきれていない傾向がありましたし、真似をして作った後進国にも抜かれてしまうのでした。
こういう不利な条件を抱えていれば、輸入が増え続けるのは避けようがないのではと危惧します。トランプ大統領がこのような状態を、関税をかけてdealで減らそうと意図しておられるのであれば、「できると思っておられるのかな」と疑問に思ってしまうのです。
どの業種でも何処でも良いから工場に行って、現場を見学して組合員たちと会話してみれば、何故貿易赤字が増えて、アメリカの競争力が低下したか直ちに見えてくると言いたいのです。カーラ・ヒルズ大使は1994年にこの労働力の質の問題点を指摘していました。我が事業部では副社長以下全員が承知していました。だから、改善に努力したのです。