カタカナ語排斥論者はズッと以前からおかしいと指摘してきた:
正月とは言いにくい昨7日に、高校ラグビーの決勝戦を途中から気が付いて観戦。また、三が日に行われた大学選手権の準決勝に試合も観戦した。当方の意図は見出しにもあるように、試合の内容を論じようというところにはない。
中継を担当したのは大学の方はNHKで高校は確かTBSだった。ラグビーの試合の中継での特徴は何度も指摘してきたことで、アナウンサーたちは躊躇せずにおかしなカタカナ語を使う事だ。彼等はテレビ業界内か局内に「スポーツ中継用語の聖典」でも用意されていて、それに忠実に従っているだけかも知れないと疑っている。アナウンサーたちはその用語集に疑義を呈する訳にはいかないのか。
先ずは「ノーサイド」(=no side)から行こう:
こんな古語というか、古くなって本家の英連邦他でも使っていないと承知している。だが、ラグビーを美しい男性同士のスポーツマンシップとフェアープレーの精神の発露であると尊敬して止まないテレビ局は、未だに試合終了と同時に「ノーサイド」と声高らかに叫ぶのだ。そこで、この際にと調べてみた所、新語時事用語辞典に次のような解説があった。
>引用開始
ラグビーの試合が終了した場合、レフェリー(主審)は「ノーサイド」と宣言し笛を吹く。ただし、英語圏ではno sideの宣言は1970年頃の使用例を最後に廃れており、以降はfull timeの語がラグビーの試合終了の意で用いられている。2020年現在、no sideを試合終了の意で用いるのは日本だけである。国際試合においても、審判が試合終了を告げる笛を吹く際にノーサイドの宣言を伴うことはなく、試合の観戦記事や実況などで用いられるのみである。
<引用終わる
まー、「故きを温ねて新しきを知る」という美しい精神の発露辺りかなと思って看過するか。
ペナルテイー:
次もラグビーで「〜ティームにペナルテイー」と叫ぶこと。この言葉をアナウンサーたちは「反則を犯した方のティーム」に対して使うのだ。中には正しく「A大学が反則を犯しましたので、B大学にペナルテイーキックが与えられます」と言う者もいる。
「〜にペナルテイー」をおかしいと思わない方がおかしいのだ。中には懸命に守っているティームについて「ペナルテイーをしないように」などと訳知り顔で言う者もいる。中学・高校から大学でどんな英語を勉強してきたのだろう。
サウスポー:
言うまでもない事で「左投げの投手」の意味で、広辞苑にも“southpaw“の英単語付きで掲載されている。だが、この用語は戦後間もなくの頃「アメリカでは左投げの投手をこのように呼んでいる。語源は南部出身の投手に左投げが多かったから」と華々しく紹介され、野球界でも放送業界でも遍く使われるようになった。
1970年代の後半に初めて憧れのアメリカ大リーグの野球を見る機会を与えられた時に、当然アメリカでも使われていると信じて「あのサウスポーの投手は云々」と言ってしまった。すると、皆から「君は英語を知っているとは知っていたが、そんな古い言葉まで知っているとは驚いた。現代の我が国ではそんな言葉を遣う者はいないよ」と笑われてしまった。ここでも「温故知新」的だった。
ハンド:
サッカーからも取り上げて公平を期そう。これをご覧になった方は「冗談か」と受け止められるかも。「ハンド」とは言うまでもなく「手を使ったか、手に当たってしまったか」の反則のこと。だが、英語では“hand”(=手)とは言わないのだ。正式には“handball“なのである。中には解ったように「ハンドリングだ」との説を唱える方もおられるが、それは違うのだ。
結び:
何れにせよ、「テレビ局もアナウンサーさんたちも、もっと良く勉強しましょうよ」と言って終わる。
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