本の読み方の設計図。

本の構造を明らかにしていく。
論拠・主張

論証=事例、引用。

小説025 : reProfesional#98

2008-10-16 01:01:28 | reProfesional
chapter#25 続き

欲望と求めるもの。

ボクは、「なぜ小説を読まないのか?」このトピックを書こうと決めてから、どうにも思うように筆が進まないでいる。人生というのはひとつの執筆活動に似ていると思うということは、この物語の最初からずっと述べてきていることだと思う。
物語という虚構を完成させるには、何度もこれまでたどってきた軌跡を再考し、その中で、次にどういう筋書きを継ぎ足すと、面白みのある展開になるかということを考えないといけない。

少なくとも、小説を読む理由にしても、書く理由にしても、そこに何かしら、欲望と求めるものがあるがゆえに、ひとはそういう所作を試みる。
過去を振り返り、それにあった所作をする。それだけでは、ただ論理的に見合う行動をするだけなら、本当に生きるという行為は完成しないのではないかと思う。
実際の人生というのは、小説のように、完成されたプロット、著者の思い描いたような、少なくとも、そこにいる登場人物は、自分があたかも考えて動いているように、設定されたキャラクターを演じていくということだけでは、いかにも不十分なものだろう。

ボクはけっして、人の作った物語の主人公にも、ましてや、そこでの登場人物にもなりたいと思うわない。小説というのは、あくまでも、ある天才的著者によりかかれた虚構である。それゆえ、どれだけ、その創作段階で著者が悩み、筋書きを思い描くのに腐心したとしても、あくまでもそれは、完成品としてそこにあるものである。そこに、ボクが、小説を読めない理由、読まない理由というものがあるのではないだろうか?

小説を読めない理由と、読まない理由というのは厳密に言うと、区別されるべきであろうが、ほぼそれぞれの解にたいする構造は「A=Bそれゆえ、B=C」という構造ではなく、いわば弁証法的に結び付けられるものであるので、これ以上の説明は必要ないのではないかと思う。
ボクは自分をもっと善く、よりよき存在として、止揚していきたい、だから、ひとつのシアワセのプロットとしての小説は、よむ意味をまだ感じない。

小説とは、たとえそれがどれだけ破滅的な、精神分裂状態であったとしても、それが一度書物として化したとたんひとつの安定した作品となってしまうものである。
癪に障る。そんな表現が一番合うのではないかと思う。

人は、生きていく中で多くの過去というものを作り上げ、少し最近の過去を後悔の対象として、遠い過去はあまり振り返ることのない対象として構築していく。
未来は不安定な自分として、今の中に存在する。
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